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 ひとまず台本は閉じ、隣に置いてある『黒薔薇の微笑』の原作本を読み始める。  これは登場人物名が自分たちの名前ではないので、台本よりも落ち着いて読んでいられる。映画には出てこないような設定や状況、情景など細かに分かり、台本への解釈も深まる……はず。一度ざっと目を通したが、二度目は腰を据えてじっくりと読む。  約八万五千字。集中して読んで三時間ほどで読了。  午前一時を回っていた。  明日は完全オフだ。いつものように事務所のレッスン場に籠もることもない。 「いったい、どこまでが真実か」  一度目に目を通した時に持った感想をもう一度口にする。 (みんな、取材でどこまで話したんだろう)    原作者桜野華との取材はSAKUプロビルの会議室で行われた。  ソウとユエ以外は個別で、そこで何を話していたかは誰も明かしていない。 『差し支えない範囲でプロフィールを教えてください。本名などは聞きません。できればBLACK ALICEに加入した経緯を話してくださると嬉しいです。もちろん、無理に話されなくても大丈夫です』  ウイが取材を受けた時、桜野華はまずそう提示し、自分からは質問をすることはほぼなかった。聞き手に徹していたのである。 (オレが話したのは……あの海辺の町のライブハウスでウェイターからバーテンダー、調理までもしていたこと、それから……女装をしてバンドを組んでいたことだけだ)  しかし『あの日』、あの町でメンバー四人が揃ったことは、原作の中にも描かれている。原作と違うのは五人目がヒビキではなく、ハクトだということ。  『あの日』ソウとハクトがユエ、いや、来栖(くるす)(ゆい)を探しにライブハウスにやってきた。そしてウイがこのあたりでは有名な結の話をした。その後トワがライブハウスに訪れたのだ。ソウ、ハクト、ユエはトワがこの町にいたことを知らないし、トワはあの三人が海辺で出会ったことを知らない。 (知っているのは、オレだけのはずだ……。それとも、この話をそれぞれがして、それを桜野氏が肉付けをして描いたということだろうか……)  細かいところは違ったとしても、大まかには合致している。 (物書きの妄想力ってすごいっ)  妙なところに感心した。 (オレは自分のライブハウス以前の話はしなかった。オレは由緒正しい家柄の次男坊でもないし、ゲイバレして家族に汚物のような目で見られたわけでもない)  ウイは小学生の頃に両親を亡くし施設で育った。そこはけして悪いところではないがたくさんの子どもが生活するため、普通の家庭よりも我慢することがずっと多い。  本心を隠すために、へらっと調子のよいふうを装うすべを覚えた。ライブハウスで女装をしていたのも、今も濃い化粧で素顔を隠すのも、本当の自分を見せないための鉄壁の鎧だ。  高校まで卒業させてもらった。それ以上世話になるわけにもいかず、自ら施設を出た。そして、あのライブハウスで働くようになったのだ。   「そもそもゲイでもないしね。ゲイじゃないけど、男もいける。バイってやつかな。ちなみにここ数年の不毛な恋の相手も男だけど」  ウイの脳裏にある男の顔が浮かんだ。 (トワは何を話したのか……)   しばし考え、何も浮かばない。というよりは、何か話しているトワを想像できない。 「あいつのことだから、どうせ何も話してないだろーなー」  なぜソウにスカウトされたのか、それも本人は知らないはずだ。 (それに『あの日』ライブハウスに来たことも、きっと覚えてないだろうな。当然オレのことも……)  ソウは『なないろ』のリーダーだった。そのことは隠していないし、どうしてBLACK ALICEを作るに至ったか、そういったことはたぶん話しているはずだ。ユエ……栗栖結についても、例のネット記事を読んだ可能性もあるし、話さないにしても調べる手立てはある。 (まぁ、本人は何も喋らず、全部ソウ任せだろうし、ソウも上手いこと知られたくないことは隠してるんだろうけど) 「この話のカップリングは、単なる妄想か」  口に出して問う。当然答える者はいない。 「や、たぶん、だだ漏れだったんだろうな……」  呆れたように笑う。  ソウはともかく、ユエはソウにべったりくっついていたに違いない。 「そうでなくても、腐女子の間では八割方、ソウとユエ、オレとトワだもんな〜」

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