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(それに、名前だ。あいつめちゃめちゃ鋭いとこあるからな)
『クリス』は来栖結の名をもじった。本当は『ユイ』と名づけたかったのだが。そのままというのはどうなんだ? と思い、『クリス』と名づけたのだ。
(や、どっちにしても気持ち悪いよな、俺)
トワにとって『来栖結』は特別だ。
* *
十代の頃いろいろなもやもやを抱え、ふらっと降りた見知らぬ駅。そこは寂 れた感のある海辺の町だった。
誰もいないような砂浜を歩くと、歌声が聞こえてきた。
歳の近そうな少年が独り、砂の上に座り海に向かって歌っていた。
少年のようでもあり、少女のようでもあり、そのどちらでもないような歌声。
無色透明。水のように流れこむ。
一度聞いたら二度と忘れられないような。
一人分くらいの距離を空け砂の上に腰を下ろし、その歌を聴いていた。なぜだか涙が出てきた。
「どうしたの? なんで泣いてるの?」
ふいに歌が途切れ、少年はこちらを向いた。
話す声は歌声よりも少し低く掠れている。
「なんでも……」
「そう……」
微かに微笑む。
自分から訊いてきたのにまったく興味もないような。
歌声と同じように、無色透明。
同世代の少年には持っていないような雰囲気を醸しだしている。
空気に溶け込んでしまいそうな。そこにいるようでいないような。
「名前……なんていうんだ?」
何故名前を聞いたのかわからない。二度会わない人間かもしれないのに。
「ゆい……結ぶって書いて、ゆい」
そう言うと彼はまた歌いだした。
それから何度もその町に行った。
『結』は必ず砂浜に座り、海に向かって歌っている。トワはそれを運命のように感じていた。
特に話しかけることもなく、ただその不思議な歌声に聴き入っていた。それは海に向かって歌っているけど、その向こうにいる『誰か』に向かって歌っているように感じられた。
それが二年ほど続いたある日。
その町に来るようになって初めて、『結』に会わなかった。トワは夕暮れまで待った。しかし、『結』は現れなかった。
たったそれだけでトワの心は荒海のように波立った。『結』という名しかしらない少年に会えなかったというだけで。
トワは初めてその町の海岸以外の場所を歩き、彷徨った。
『結』を探すために。
そして、ネオンサインがけばけばしく光る、時代遅れのに建物を見つけた。扉を開けると激しい音楽が鳴り響いていた。
そこはライブハウスだった。
* *
あの時のバンドのギター兼ボーカルの女は、店のスタッフもやっていてトワに注文を取りに来た。その時少し話をしたのだ。
『ああ、あの海で毎日歌ってるコ……『来栖結』っていうんだよ。この辺りでは有名だし、ネットでもあがってるよ。盗撮だけどね』
「別に運命でもなんでもなかったんだよな」
トワはゴロンと床に仰向けになった。
餌を食べ終えたクリスが遊んでとばかりに寄ってくる。トワは天井を見ながら手だけはクリスを撫でている。
あの後も二、三回行ったが『結』はいなかった。『結』に『何か』が起きて、もうここでは歌わないのだと悟った。
(それでも俺は彼奴を、彼奴の歌を忘れることができなかった)
それから一年以上が経ち、何故かアイドル事務所の『桜ノ森スターズ』から声がかかった。新ユニットのメンバーにと。
新ユニット『BLACK ALICE』はトワ以外のメンバーはもう始動していて、その中に『ユエ』というボーカルがいた。
デモテープを聴いて、トワは気づいた。
――『結』であると。
話を聞いた時には、アイドル事務所に入るつもりはなかったのだが、『結』がいるのなら話は別である。
トワは『BLACK ALICE』のメンバーに加わった。
トワにとって『結』は特別だ。
『ユエ』ではなく、『結』が特別なのだ。しかし、『ユエ』が『結』の一部であるのなら『ユエ』のことも特別に思うのが当然だ。
それはもう恋に近いくらいに。
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