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 個室の扉も館の扉同様意匠を凝らした彫りがされており、中に入るとローズピンクに薔薇の模様が描かれた絨毯が目に入る。  天蓋付きベッドに、西洋風のアンティークな長椅子や机、クローゼットが設置されている。  まさしく、『黒薔薇の微笑』の世界だと感心する。 「うひょー、天蓋付きベッドとか初めて! こんなとこ本当にあるんだー」  ベッドの脇に荷物を置く。ギターケースはもちろん優しく。  女装をして歌っていたこともあった。しかし、別に女のコになりたいわけでもない。可愛いものは好きだけど、自分の部屋の中で収まる範囲だ。 (でも、これは、けっこうテンションがあがるな〜)  もともと西欧人が住んでいた洋館をほぼ当時のままホテルとして使用している。しかも一般には知られておらず、セレブの隠れ家的なホテルだという。 (そんなところを丸々一か月貸し切るって……サクラ・メディア・ホールディングスの力って……)  SAKUプロは、メディア系大企業サクラ・メディア・ホールディングスの傘下だ。映画のスポンサーでもあり、このロケ地を提供したのもそこだ。  ぐるりと部屋内を見回すと扉がもう一つあった。開けてみると洗面所と浴室。浴室には猫足のバスタブがある。 「これは……ほんとにすごい。でも……トワは落ち着かないだろうな」  想像しただけで思わずくくっと笑いが込み上げてきた。 * *  物語の冒頭はユエの見る『夢』だ。  ユエは薔薇の咲き誇る中を歩き、館の扉までやってくる。  空には血のような赤い月が出ているが、自分の手元さえも照らすことはなく、つまり、薔薇の道もその先も闇なのだ。 「あ、ライブ用の衣装なんだ」  そういえば冒頭シーンはユエがどんな服装なのか、何も書いていなかった。その後で描写されている白いブラウスなのか、それともライブバージョンのユエなのか、はたまた貴婦人の姿なのか。 「オレ、勝手に貴婦人の格好かと思ってたわ」 「わからない部分の想像は、きっと読み手によって違うでしょうね」  ウイの横に立っていたのは、アリス役の白鷺涙だ。正真正銘の俳優は彼女だけだ。 「白鷺さんも見学ですか?」 「はい。この映画の一番最初の撮影ですから」  シーン1、そこから『黒薔薇の微笑』の撮影が始まる。  著者桜乃はソウとシウとの打ち合わせを終えると館をあとにした。それ以外の残ったメンバーは全員見学している。シウはカメラを構え、仕事中だ。 「BLACK ALICEさんはライブ以外でも素顔を見せないって本当なんですね」  涙はウイの顔をまじまじと見ている。  まだ撮影準備中で、機材として持ち込んだライトが煌々と辺りを照らしていた。  ウイはもちろんまだメイクをしたままだ。部屋を出る前に化粧直しすらしてきている。トワは夜なのにハットとサングラス。ソウだけは『なないろ』の時に顔出ししているのでドーラン程度だ。   ユエはライブ衣装で、ライブ用のメイクをしている。ただし、いつもは自分たちでメイクをしているところを、映画撮影用に専門のメイクアップアーティストが二人ついている。監督のイメージ通りにメイクを施すためだ。  おそらく今日のメイクもそのメイクアップアーティストがしたに違いないとウイは思った。そして、自分の撮影の時も。 (……大丈夫、メイクなくてもうまくやれるから)  心中の不安を隠し、へらっと笑う。  「そりゃあ、素顔素性を明かさない。BLACK ALICEですから〜」 「でも、この映画では『素顔』を晒すんですよね。鎌田監督、やる時はやる人なんで。本当にすっぴんかと思いますよ。楽しみです」  ふふっと不敵な笑みを浮かべる。若手とはいえ実力派女優、さすがの貫禄だ。 (まじか〜。映画撮影だから『素顔』といっても、薄いファンデくらいはするかと思ってたのに) 「映画公開までオフレコですよ」  焦りが顔に出ないように注意しながら、口元に人差し指を立てる。 「もちろん」 (うへぇ〜めちゃ強そうな女性(ひと)だな〜。これでアリスちゃんやるのか〜)  ソウの従妹アリスは普通の女子大生だ。涙のようなオーラは纏ってはいない。 (きっとこのオーラを消すんだな。女優ってすげぇ) 「では、ライト消しまーす」  二人が話をしている間に準備は整った。  いよいよ撮影が始まる。  見るとユエがアンティークな燭台を持っていた。真っ暗な中に揺れる蝋燭の炎。 (あれ、このシーン確か真っ暗じゃ……)  原作では何も持たずに闇の中を歩く。何も見えなくてもまるでその先が分かるみたいに。 (まぁ、本当に真っ暗だと、ユエ自体が見えなくなっちゃうもんな)  今夜は曇り空で月も出ていない。館内の灯りもすべて消えている。そのままでは本当に闇だ。文章中の『赤い月』や闇のように蠢く薔薇はおそらくCG加工なのだろう。  胸元より下に構えた燭台はユエの顔の下半分だけを照らしている。後ろから見れば、燭台を持っている辺りを中心に黒ゴシックの衣装がゆらゆらと揺れている。闇の中にユエの存在は確かにわかるのだ。  ウイはその雰囲気に飲まれ、ごくっと喉を鳴らした。  

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