124 / 135
15
二日目午後の撮影。
ウイが大階段を上がっていくと、社交室の扉の前にトワが立っている。背後まで近づき声をかける。振り向いたトワの手に一本の深紅の薔薇。それをウイに渡して去っていくトワ。
ユエに渡そうと思ったのだろうと、代わりに渡してあげるつもりで部屋の中を覗く。何故、トワが部屋に入らなかったのか? それはユエとソウがキスする姿を見てしまったからだ。
ウイがメイク、衣装を整えると、トワはもうすでに中央階段二階の踊り場で鎌田監督と打ち合わせ中だった。
「おはようございます」
「おはよう。やっぱ、いいね〜。その服」
今日のウイの衣装はBLACK ALICEでの移動時用の私服の中の一着だ。
袖にフリルのついた紫色のブラウス。フリルタイにはキュービックジルコニアのブローチが輝いている。パンツはハイウエストの黒。監督と一緒に私物、映画衣装を見回した結果これになった。
物語の中では、ウイはいつも胸元が見えない服を着ている。それは過去にトワが渡したネックレスを隠しているからだ。実際はその秘密が明らかになるシーンまで、小物のネックレスは渡されていない。
だが、彼は今も胸元に秘密を抱えている。時折服の上からそっとその位置に手を当てることは誰も気づいてはいないのだろう。
「ありがとうございます」
いつものように調子よさげに礼を返す。監督の前でもまったく態度が変わらない。
「トワたん、おはよ」
「トワたん言うな」
トワはけっこうラフな格好だ。オフホワイトでV字ネックの厚手Tシャツで、袖は七分丈で口が広がりぎみ。それに黒のスキニージーンズ。長めチェーンに刻印された円形トップのついた、ブラックシルバーのネックレス。これはトワの私物だということだ。
「おわっ。トワたんの素顔初めて見たかも?」
実際にはソウ、ユエと同じようにすっぴんに見えるメイクをしている。
ウイは口ではそうは言ったが内心は違う。懐かしい気持ちになっていた。
(さすがにあの時より大人っぽく……や、あの時も十代に見えなかったけど)
「ウイは普段と変わらないな」
まじっと見られ、少し照れる。
メンバーの中で、一人だけいつもと同じようにメイクをしている。ライブ時でもBLACK ALICEは徹底して自分でする。しかし、今回はそういうわけにはいかない。コンセプトというだけでなく、ウイ自身が素顔を見せたくないのだ。今日は心を無にしてメイクに臨んだ。
「でも、『素顔』のシーンもあるんだろ、楽しみだな」
にやっと笑う。
(なんだ、めちゃ、かっこいー)
トワに笑いかけられ、うっと胸がつまりそうになる。
でも、それはそれだ。
「そう〜?」
へらっと笑うが、
(ぜってー見せたくないっ)
心の中ではそう叫んでいた。
打ち合わせを終え、カメラテスト。
そして、本番。
「はい、いきます」
助監督の声と、カチンコの音。
ウイが階段を上がる。社交室の前にいるトワを見つけて嬉しそうな顔をする。
カメラはバック、真横にある。
『おおーっ。トワみーっけ』
そのまま後ろまで近づいて。
『トワたん、何やってるの?』
はっとして振り返る。
ここで一旦カットして、もう一度。
(まぁ、初めての撮影でそうはうまくいかないよね〜)
こんな簡単な場面なのにと、とほほな気持ちだ。
(にしても、だ。あのトワの表情 ……)
原作では前髪で目が隠れて表情が分かりにくい設定になっているが、実際のトワの前髪は目が隠れない長さだ。無表情を装っているが、微妙に瞳に揺らぎがある。
『無表情の演技』が監督の指示だが、その表情自体はトワのデフォルトだ。この微妙な感情の揺らぎをカメラは捉えることができるのか。そこまで監督の想定済みか。
(打ち合わせもカメラテストもあったのに、まだ、落ち着かないのか)
その感情は、室内のソウとキスするユエを見たために発動したものだろう。
(そんなに……)
そんなトワを見て自分も辛くなっていく。
「や、今は撮影中っ!」
パンッと軽く頬叩き、気合を入れ直した。
二人一緒の撮影、個々のアップと続き、撮影終了。
しかし、この後にウイは、一人で洋館内を探検するシーンが残っていた。映画内時系列では、一人探検の後に、トワと遭遇することになっている。
(ライブより、全然しんどーいっ)
ともだちにシェアしよう!

