130 / 136
21
扉を閉める時も細心の注意を払って。音を立てないように。
ちゃんと扉に向き合って閉める。
そろりと身体の向きを変えようとして、背後に人の気配を感じた。廊下には点々と灯りが揺らいでいるとはいえ、先の先まで見えるような明るさはない。こういう状況ではその灯りでさえ不気味に見えもする。
どきんっと心臓が跳ね上がり、ついでに自分の身体も跳ね上がりそうになる。
「え? だ……っ」
思わず大声が出そうになったところを、誰かの手に口を塞がれた。さらに驚いたウイは塞がれながらも叫び声を上げそうになる。
その人物は急いで目の前のノブを引くと、ウイを部屋の中に押し込めた。
「騒ぐな」
聞き覚えのある低い声。
そういえばつい最近もこんな場面が。振り返るとそこにはトワが風呂上がりのような格好で立っていた。
Tシャツにスウェットのパンツ。肩にはタオルをかけていて、いつも固めている髪はやや濡れ気味だ。
見たこともない姿にドキッとする。
(やっ! ドキッじゃないから!)
「トワ、なんでっ」
「なんでって、あんたがまたこんな夜中に大声出そうとするから」
無表情だが声は呆れ混じり。
「や、だって、こんな真夜中にこんな雰囲気ある場所で背後に人の気配があったら驚くでしょ! っつか、トワはどうして! それになんで一緒に!」
「俺は水を取りにキッチンに行って、戻ってきたらあんたが部屋から出てくるところに遭遇した。一緒に部屋に入ったのは、なんとなく? 流れ的に?」
きちんと文章になっていない疑問を把握して答えている。見れば、五百ミリリットルのペットボトル二本を抱えている。
「あ、オレも水取りに行こうと思って」
ウイがハッと当初の目的を思い出すと、スッと目の前に一本差し出された。
「えっ」と仏頂面を見上げる。
「一本やるよ」
「え、でも、悪いから。自分で取りにいくよ」
「もうこんな時間だし。今夜は一本あれば足りるから、明日取りに行けばいいし」
(トワがなんかめっちゃ優しい〜)
全然優しげでない顔をぼうっと眺めながら心がほわぁっとなってくる。
「んっ」となかなか受け取らないウイの胸にペットボトルが押しつけられた。
「ありがと……」
胸に当てられた冷たいそれを手で押さえながら。
(あれ? なんかめっちゃ顔を見られてない?)
実はさっきからずっと顔を見つめられているような気がしていた。トワが今までこんなにずっと顔を見てくることはなかった。
(なんか、顔についてる?)
空いている方の手でぴたぴたと自分の顔を触ってみる。
(ついてるんじゃなくてっ、ついてないんじゃん!)
それに気づいて後ろを向こうとした瞬間、目の前に手が伸びてきて顎を捉えた。ウイが避けると分かっていたのだろう。
「ふぅん、あんたこういう顔してるんだ」
いつも通りの冷静な顔をして、まるで隅から隅まで観察するみたいに見てくる。
(うわぁ〜毛穴から汗が噴き出しそう)
ウイは激しく動揺していた。
確かに映画のために素顔を見せなければならなかった。しかし、それは今日ではないし、完全なすっぴんではない可能性も高かったのだ。
それを今唐突に、完全なすっぴんで見られてしまった。これは動揺しないわけがない。
顎を掴まれていてもどうにか避けようと、顔を動かそうとするがすぐに正面に戻される。
「……綺麗じゃん」
「え……」
耳を疑った。
(今のは空耳? オレの都合のいい幻聴?)
トワがそんな言葉を言うはずがない、と自分の耳を信じなかった。
しかし。
「まぁ、なんとなくは分かってたけど、やっぱ美人だ」
(やめーいっ! トワはそんなことは言わないっ。こんなのトワじゃないっ)
さらに動揺する。顔がかーっと熱くなってくる。すっぴんで隠しようもなく赤くなっているに違いない。
「肌、つるっつるっだな」
トワの手は顎から頰に移って緩く撫でている。
ウイはさっきから口を開けたり閉じたりしているが「あー」とか「うー」とか以外の言葉が出てこなかった。
(くそっ!)
ウイは突然トワに顔を近づけて艶然と微笑む。
「トワ――明後日の撮影の練習しない?」
明後日の撮影、それは二人のラブシーンだった。
ともだちにシェアしよう!

