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 ほぼ自棄(ヤケ)だった。 (さあ、どうする? トワ)  両手をトワの首の後ろに回す。まるでキスをねだるみたいに。トワの手はもうすでにウイの顎からは離れている。  どうせトワは引くだろう、ウイはそう思っている。  だから、彼が、 「……いいぜ」  というまさかの答えを返してきて、仰け反りそうになった。 (ええーーーっっ)  めちゃめちゃ驚いてめちゃめちゃ焦ったけどそれを顔に出すわけにはいかなかった。  いまさら引くことはできない。  ウイはトワから離れるとその腕を軽く握って部屋の中央に引き入れる。あくまで挑戦的な笑みを絶やさずに。  テーブルの上に貰ったペットボトルを置く。 (え? どうする? オレ! やるのか、本当にやるのか?)  トワとのラブシーンの心の準備は明日するつもりだった。つまり今はできてない。それなのに、これからそれをしなければならないのだ。 (なんでこんなことに? オレのバカ!)  一旦置いたペットボトルをガシッと掴み、キャップを開け、ぐぐっと飲む。トワもなんの感情も見えないような顔で一口二口飲んでいた。  二人は天蓋付きベッドの上に転がり込んだ。  部屋の灯りは消して、ベッドの隣のアンティークなスタンドだけ点ける。それでもお互いの顔は見える。  膝がつく距離で向かい合って――二人で台本を読み込んでいる。  あの後トワは一旦部屋に戻り自分の台本を持ってきたのだ。  それから数分して。 「どこからやる?」  そう言ったのはトワ。ウイは自分が言い出したにもかかわらず、少しでも長く間を置こうと自分からは切り出さなかった。 「……じゃあ、シーン67『じゃあ、あんたが代わりになれよ』から」 「了解」  二人は脇に台本を置いた。    このシーンの前には、トワがユエを襲おうとする場面がある。しかし、それをウイが止める。ソウも来て、トワはユエの部屋を出ていく。ウイはそれを追い、トワの部屋に行く。  ウイは、『ユエへの思いを遂げれば、その後おまえがもっと苦しむだろ』と言う。  トワは冷たい目でウイを見る。  そこで台詞だ。 『じゃあ、あんたが代わりになれよ』  トワの目は冷たくてウイの胸に突き刺さる。本当に自分がそういう目で見られているような気がした。それを受けてウイはひどく苦しそうな表情をする。 『ふん』  嘲るような笑い。トワは爪痕がつきそうなくらいに強く、ウイの手首を掴む。 (いてーっっ。こいつ、マジで爪食い込ませてきやがった。演技か? いや、演技だろうけどっっ。実はめっちゃ演技うまいとか??)  そんな気持ちを顔には出さず、ウイも演技を続ける。 (この時、『ウイ』はどんな表情なんだろう)  シナリオには実は台詞しか書かれておらず、想像するしかなかった。鎌田監督がどんなウイを思い描いているかは分からない。 (でも、オレだったら、ここは……) 『ウイ』は『トワ』を好きな気持ちをここでも隠しているんだ。だから、ここは。 『ウイ』はいつものように笑うんだ。へらっと調子のよい顔で。 『いいよ』  まさかそんなことを言うとは思わなかったトワはひどく驚いた顔をする。ユエによって、ましろの血で汚されたトワの頬をウイが撫でる。  二人の顔が近づいていく。  ウイは思う。自分は身代わりでもいいんだと。そんな苦しい気持ちは表情には出さない。    ピタッとウイの動きが止まった。 (やーっっ、やっぱりムリでしょ! だって、トワとキスだよっ。ずっと何年も好きだった男にだよ? むりむりむりむりーーっっ) 「おい、どうした?」  不審に思ったトワは素に戻る。といっても素もあまり変わらない。 「や、だって。やっぱりトワとキスなんてっ」 「なんだ? 俺じゃ不服か」 「いや、そうじゃなくてっ」 「あんたが練習しようって言ったんだろ」 「でも、ワンチャン、フリかもしれないじゃん」 「いいから、早く続けろっ」  室内には二人しかいないのに、顔を近づけたまま小声で話す。 (なんで、こんな急にやる気になったんだ?) 「じゃあ……」  ウイはトワの唇に自分の唇を、そっと重ねた――。

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