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「結の歌は俺のささくれだった心に響いた。それから何度もあの海辺に行った……ただ歌を聞くために」
トワの顔はひどく穏やかに見えた。彼のこんな表情を見るのはいつぶりか。『結』はトワの心の拠り所だったんだ。BLACK ALICEの『ユエ』に向ける目とも違う。傍にソウがいるせいで、どこか嫉妬が垣間見える。こんな穏やかな眼差しではない。
でも、どちらにしてもトワの心を揺り動かすのは『彼』なのだ。
(オレが最初に会いたかったなぁ……ま、オレの歌声じゃ『結』には敵わないだろうけど)
トワがまた黙ったので、ぼんやりそんなことを考えていた。
なんとなく視線を感じた。
横を見ると、カーテンのほうに向いていた顔が自分に向いている。
「おわっ」
驚いて声が出てしまった。
トワは無反応で、ただ見つめてくるだけだ。ウイもその眼差しから目を離せなくなり、お互い見つめ合う奇妙な沈黙が続いた。時間にすればほんの一分程度だろう。それでもウイには長く感じた。
先に耐えかねたのはウイのほう。
「やだ〜そんなに見つめないでよ、いくらオレが綺麗だからって〜」
いつものように戯けてみせたが、トワは微動だにしない。
(なに? ひょっとして目を開けたまま寝ちゃってんじゃないの?)
「おーい」
とトワの目の前で手を小さく振ると、その間を潜るように手が伸びてくる。
その手はウイの胸元に届き、指先がルームウェアの内側を探る。
(第二ラウンド開始?!)
そんな言葉が閃光のごとく頭を過ぎったが、そうではない。
トワの指先は何かを引っ掛けて、また出てくる。
くんっと首を軽く引っ張られるような感覚がした。
「い……っ」
トワは指に引っ掛かったシルバーのチェーンの、その先端を見ている。
小さい雫形のリングに、これまた小さなジルコニアが嵌められたペンダントトップで、どう見ても女性もののネックレスだ。
「……これ、見覚えある」
「い……っ」
さっきと同じ音がウイの口から漏れる。でも意味は違う。さっきのは『痛い』の『い』で、今のは驚きから飛び出た意味のない音だ。
ウイの首がふいに軽くなる。トワがネックレスを離したからだ。
「……俺の母親のものだ」
トワははっきり言い切った。
「トワ……覚えて……」
「ああ。や……正確には、思い出した」
トワの声には重い響きがあった。やや怒りが混じったような。
ウイの身体がふるっと震える。トワが覚えていたことに驚いた、いや、怯えたが正解かもしれない。
「……いつ」
声も震えている。
「あのシナリオを読んだ時から。そういえば、実際にあんなことがあったような気がしてきて……俺はあのライブハウスで間違えてアルコールを口にして眠ってしまった。そして、誰かの家に一晩世話になった。シナリオでは、その相手は、女装をしたあんただったが、実際はどうなんだ? って」
(だから、何度も訊いたのか、『どこまでが真実か』と)
「さっきあんたの服を脱がした時、それが指に引っ掛かったんだ。あとで確認してやろうって思った」
「――そうだよ」
ウイはとうとう観念した。
「おまえを一晩世話して……っていうか、話を聞いてやっていたのは、オレだよ。ちなみに朝は別に女装はしていない。まぁ、もうあの頃から人前ではメイクしてたから、おまえを起こす前に顔作ってたけど」
いつものへらへらとしたウイではなかった。
「トワは……『結』にしか興味がなかったんだろうな……BLACK ALICEのメンバーとして紹介された時オレを見ても、なんの表情の変化もなかった。たぶん覚えてないんだろって思って何も言わなかった。もし覚えていたら、これを返そうと思ってたんだけど」
ウイは大事そうにチェーンの先の雫を掌に載せた。
「悪かったな、母親の形見なのに」
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