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――十月。
映画『黒薔薇の微笑』オールクランク・アップ。
情報番組でも話題にされ、一部映像も解禁された。もちろん、ホラー映画としてだ。
しかし、メンバーの素顔(素顔メイク)初公開やBL設定云々などの細かい内容は、おそらく公開直前まではオフレコだろう。
BLACK ALICEは怒濤の年末年始スケジュールを前に一週間のオフとなった。
* *
夜十時を回っていた。
この部屋に入るのは何度目だろうか。家主の後ろから入り、その度に感慨深く思う。
「ただいま」
というぶっきらぼうな声が聞こえ、ウイはくすっと笑った。
「なんで、いつも笑うんだ」
トワから抗議の声。
「や、だって、いつ聞いても意外過ぎて」
そう口にしたら余計おかしくなって、はははと声を立てる。当然トワはぶすっとしていた。
「クリス〜久しぶり〜元気してた〜?」
トワの足の間をすり抜けて白い猫がすり寄ってくる。ウイは抱き上げて首の後ろを撫でる。クリスはごろごろと嬉しそうに喉を鳴らした。
「なんで一番先にあんたのとこに行くんだ」
トワはさらにぶすったれながら洗面所で手を洗い、キッチンに入ると、クリスの餌を用意し始めた。
その横を通り過ぎながら、
「ユエもこれくらい懐いてくれれば……や、それもなんだか気持ち悪いか」
と言って苦笑いする。
白猫の『クリス』はユエの本名『来栖』をもじって付けられた名だ。トワのユエに対する執着が感じられ、未だにもやっとする。
「ウイって名前に変えてもいいんだよ〜」
八畳の居室にはベッドとローテーブル。スチールのハンガーラックには数着の衣服がかけられている。どれも記憶にある服だ。
それからベースとギターがスタンドに立てかけられている。
まったく飾り気のない、そっけない部屋はトワらしいと思っていた。
トワが餌の入った皿を持ってきたのでウイはクリスを床に降ろした。
「今さら名前なんて変えられるか」
「ま、そうだよね」
どういう意味で名付けたにしろ、名付けられた時点からその名はもうその人物――今はこの猫のことだが――のものなのだ。
「それに、あんたが来た時どっちを呼んでいるかわからなくなるだろ」
ウイの頬がほんのり赤らんだ。
(オレ、これからもここに来てもいいんだ)
自分は受け入れられている。ウイはそのことを嬉しく思った。
(ま、オレのことはほとんど『あんた』だけどね)
それでも、名を呼んでくれることもたまにある。
特にある特別な時には。
洋館でのロケ中、あの日以降は特に何もなかった。
トワは通常仕様の無愛想さ。それでも話しかければ、前よりも文字数多めで答えてくれるようにはなっていた。
一か月間の宿泊してのロケは終了し、その後は別場所でのロケ、セットでの撮影などが続いた。
その合間を縫ってウイはトワの自宅を数回訪れていた。
きっかけはウイが「クリスちゃんに会いたいなー」と言ったことだ。もちろん最初はスルーされていた。しかし、何回目かのお願いにトワは頷いたのだ。
何度もお願いしながらも、ぜったい了承しないだろうと思っていたウイは心底驚いた。
メンバーは誰も自宅を教えないし、自分でも口にしない。仕事外で皆で食事すらしない面子で、誰かの家に集まることなどあるわけがなかった。
――その日、トワがウイを自宅に入れたことは、二人の関係を変えていくきっかけにもなったのだ。
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