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第3話
その冒険者は都のいい家柄の出身なのだといって、いつも取り巻きを連れ歩いていた。村じゅうの人間を馬鹿にして見下していたから、俺はそいつが嫌いだった。それでも金払いはよかったから、宿屋や酒場ではそれなりに歓迎されていた。
俺は歓迎なんかしなかった。冒険者ならずっとダンジョンにいればいいのに、こんなところで何をしているのかといつも思っていたものだ。その冒険者は女癖もよくなかったし、取り巻きの連中が俺にもたまに声をかけてきた。村の連中はもう、俺をそんな風に誘わなくなっていたけれど、そいつらはおかまいなしだった。俺はいつも聞こえなかったふりをして無視した。
でもあの日は間が悪かった。夕方酒場に品物を届けると、亭主が一杯おごるというのだ。俺はまだ人のいない酒場の隅で、ひとりで酒を飲んでいた。すると例のいけ好かない冒険者がめずらしく一人でやってきて、俺の横に座ったのだ。そしてこれも何かの縁だとか、前からみかけて気になっていたとかいって、俺に酒をおごろうとする。いつのまに俺の名前を知ったのか、ミラン、と馴れ馴れしく呼んでくる。
亭主の手前、はねつけるのも気が引けて、俺はしかたなく、一杯だけといってそいつに酒をもらった。でもそれがよくなかった。気がついたら俺はしこたま酔っぱらって――というか、酒ではない何かを飲ませられて、足が立たなくなっていた。
いけ好かない冒険者は俺を介抱するといって、腰を抱いて酒場の外へ連れ出した。自分の宿へ俺を連れこもうとしているのはわかったが、頭はもうろうとしているし、体はだるくて動かないしで、俺はだらりとそいつの肩におぶさったまま、どうしようもなかった。そいつはやけに嬉しそうな声でささやくのがきこえた。
「ミラン、おまえをずっと狙ってたんだ。心配ない。天に上る心地にしてやるぜ」
ところがつぎの瞬間だ。ボキッという音とともに俺はそいつの肩から放り出され、地面に投げ出された。「うわっ」とか「何をするっ」とか、そんな声とともに人が殴りあう物騒な物音が立ち、しまいに遠くの方で厳めしい声が響いた。
「おまえの狼藉は都でも有名だ。捕縛する」
何人かの足音が俺の頭の周りで響く。俺はやっと薄目をあけた。立派な騎士服を着て剣をつるした男と兵隊がふたり、くだんの冒険者を捕まえている。
あいつ、都でも札付きだったのか。それにしてもダンジョンの調査に行った騎士がまだこのあたりにいたんだな……俺は回らない頭でそんなことをぼんやり思い、さらにあの騎士はどこかで見た顔だと思ったが、どこで見たのかはさっぱり思い出せなかった。
だるい体を持ち上げようと苦労していると、ランプの明かりが俺を照らした。
「大丈夫か? 動けるか?」
「……く…すり……を……もられた……みたい……」
口がからまって言葉がちゃんと出ないし、ランプがまぶしすぎて目をあけていられない。声の主はうなずいてランプをどこかにやると、俺の膝と首のうしろに手をさしこみ、ひょいと抱き上げた。
「家はどこだ?」
俺はこたえようとしたが、自分を抱えている腕のぬくもりを意識したとたん、体の奥で何かがぱちんとはじけたようになって、声を失った。
「どうした?」
男がたずねたが、俺は口を半開きにして息をつくだけだ。ぼんやりしていた頭が急にはっきりしたと思ったら、突然の情欲で体じゅうが熱くなり、股間から背筋、足の先まで血が駆けめぐって、どうしたらいいのかわからない。
口がきけないままの俺を男は真剣な目でみつめ、ふいに俺の口もとに鼻を近づけてきた。
「ダナエの実か。まずいな」
「隊長?」
後ろから呼ぶ声に男は冷静に返事をした。
「そいつを逃がすな。この男は安全な場所へ連れていく」
男は走り出し、俺は彼の首に手を回してすがりついた。沸き立つ血にまた頭がくらくらとして、目の前が暗くなった。
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