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第4話 ホテルスワンにて

  2 ホテルスワンにて  田園地帯を切り裂くように走るのは高速道路に向かう一本道である。田畑の中に現れるのはガソリンスタンド、回転寿司、スーツの店にボーリング場など大型店舗ばかりである。  その合間に様々な趣向を凝らしたラブホテルが点在する。江口主任が言ったスワンとは、壁面に白鳥の絵が描かれたラブホテルである。  仕事を終えた夜九時過ぎ、あぐりは中古のホンダでホテルスワンに到着した。主任は既に部屋で一人ビールを呑んでいた。主任との逢瀬はいつも別々の時間にホテルに入る。場所もその時々で変える。  地方都市の噂の恐ろしさはSNSの比ではない。男同士でラブホテルに入って行った。などと一度でも知れればもはや人生終わりと言ってもいい。ダイバーシティだのLGBTQだのは土着の言葉ではない。どこか遠くの都会で流布している目新しい流行語に過ぎない。  あぐりにそんな小難しい知識があるわけではないが、土着の配送会社に生まれ、マッチョを誇るトラックドライバー達に囲まれて育ったのだ。いやでも自分の異質さを思い知らずにはいられない。絶対多数ではない自分。  そんな自分は左手の薬指に指輪を付けた中年男性に服を剥がされ、ラブホの風呂場で身体を洗われている。包帯を巻いた左手にはタオルを巻きつけてあるが、濡れるのは避け難い。  まるで罰ゲームであるかのように主任はあぐりに左手を上げさせて、身体を泡だらけのボディースポンジで洗っている。待ちくたびれて缶ビールを何本も空にしている主任である。酔漢のしつこさで下半身は殊の外丁寧に撫でさする。  勃つからやめて。いやいいんだけど。でもここじゃいやだ。 「待って待って待って」  というあぐりの制止に聞く耳もなく、そのまま浴室で一戦に及ぶ。  しまいには「後で巻いてやるから」と包帯も解かれて、猫のひっかき傷を舌で舐め回される。  息を荒げてベッドに転がり込むとスマホの着信音が鳴った。叔母ちゃんからの電話だった。 「お婆ちゃんがいないのよ。知らない?」 「知らない」  全裸の主任に組み伏せられて、乳首を舐め回されながら耳にスマホを当てていた。辛うじてまともな声が出せた。 「夕ご飯の後片付けをしている間に出て行ったみたいなの。テレビを見てると思ったのに。点けっ放しでどこにもいないのよ」 「すぐ帰る」  と電話を切った。  あぐりのスマホの待ち受け画面は婆ちゃんの写真である。全身、バストショット、顔写真といろいろ入っている。以前それを見て主任は〝婆ちゃんコンプレックス〟〝ババコン〟などと言ったものである。  わざとその画面を見せながら、 「また迷子になったらしいから帰るよ」  そそくさと身支度を整える。主任は未練たらたらで、 「ええ? 久しぶりなのに」  と、包帯を解いたきりの左手を強く握り締める。「もう一回やったからいいだろう」とは言わずに手を振りほどく。傷はまだ痛むのだ。  ふと思う。あの男……田上真生なら思っただけで言い返しそうな気がする。「一回じゃ足りない」とか何とか。  ああいう高圧的で反社的な顔の男は間違いなく女好きである。そうでなくとも同衾する気はさらさらないが。

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