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第5話
スワンホテルを出て本城駅に向かう。田んぼの果てにある神社を通り過ぎ、坂道を下りかけて、ふとバックミラーを覗いた。
何か白い物が映っている。速度を緩めながら注視すると、白い着物に浅黄色の袴を着けた神主の姿らしい。
そしてその横に、ワンピースにサンダル履きの婆ちゃんがいる。
そのまま坂道で車をバックさせた。
「おお。あぐりっち! やべーよ、やべーよ! いや、お宅の婆ちゃん」
と神主装束の若者がチャラい言葉で話しかける。あぐりの高校時代の先輩である。
「はにわ公園に孫を迎えに行くとか。マジかよ? 今お宅に電話しようと思ってたとこ」
と先輩は婆ちゃんを誘って助手席に乗せる。
あぐりがシートベルトを付けてやる間も婆ちゃんは、
「ご親切にありがとうございます。でも孫の崇 が、はにわ公園で遊んでいるから迎えに行ってやらないと」
などと頭を下げている。
はにわ公園など今はもうない。かつて大吉運送の敷地の裏にあったが、今はフツーに建売住宅が建っている。そもそもこの神社とはまるで方向が違うし。
「崇って……兄ちゃんは横浜に住んでるだろう」
「どちら様かしら。失礼だけど、あなたは崇をご存知なの?」
「…………」
気がつくと宮司が運転席のガラスを指で叩いている。窓を開けると身を乗り出して小声で、
「あぐりっちに、うちのババアが死んだこと連絡したっけ?」
「聞いてる。去年だろ。婆ちゃんか叔母ちゃんが葉書もらってると思う」
「だよね。いや一瞬、知らないで会いに来たのかと。うちのババアとめっちゃ仲良かったし」
「ああ、いや……大丈夫。ご迷惑おかけしました」
と、あぐりは窓を閉めると車を出した。
バックミラーに宮司らしからぬ仕草で手を振り袂を泳がせる姿が小さくなった。
あの先輩はパンクバンドをやっていたはずである。いつの間に大人しく家業を継ぐ気になったのか。
「ねえ、あっちゃん。お兄ちゃんがいないのよ」
ふいに婆ちゃんは意識が戻ったかのように、あぐりの肩を揺する。
「兄ちゃんは横浜にいるってば」
長兄の崇は横浜で既に一家を構え、子供も二人いる。大吉運送を継ぐために大学で経営学を学び、いずれは引っ越し業も始めると言うから、あぐりはそれを手伝うべく高卒で大手引っ越し会社に就職したのだ。
けれど大吉運送が引っ越し屋になることはなく、兄の崇は横浜で自動車部品や工具の小さな商社を興した。あぐりも引っ越し会社を辞めて、足軽運送に転職して三年目である。
ちなみに主任との不倫関係はここ一年足らずである。
「さおりはどこにいるの?」
「さおり姉ちゃんはもうお嫁に行ったろう。旦那さんの実家の松山にいるよ」
「そうだったかしら? じゃあ、まゆかは?」
「まゆか姉ちゃんは東京でOLしてる」
「もうお嫁に行ったの?」
「まだ独身だよ。浦安のワンルームアパートに行ったことあるだろう。あれ? あそこは東京じゃなく千葉かな?」
認知症老女相手の一家総ざらいが始まる。家までの道を運転しながらあぐりは家族一人一人の現況を話して聞かせる。もう何度も話したから流暢なものである。
「大河 はどうしたの? 長男なのに」
「お父さんはパラグアイにいる」
「パ……? どうしたの? 何なのそこは?」
「俺が聞きたい。南米パラグアイだよ。首都アスンシオン。牧場経営だか牛肉やジャーキーの輸入販売? 何かそんなんやってるらしいよ」
「だって、大吉運送があるのに……」
「大吉運送は兄ちゃんが継いだよ。もう廃業したけどね」
「大河がパラ……何とかにいるなら、悦子 さんも一緒に行ったの?」
「お母さんは死んだ。十年前にくも膜下出血で。その後、お父さんは家に帰らなくなって……何でパラグアイに行ったんだか? 謎だな」
謎の父親は時々ビーフジャーキーだの赤ワイン、マテ茶などを送って来る。それも業務用を大量に送って来るから段ボール箱のまま納戸に押し込んである。
「香奈 は?」
「叔母ちゃんなら家で待ってる」
「あの娘はお嫁に行ったんじゃないの?」
「北海道にお嫁に行って、明日香 ちゃんを産んで戻って来た。
明日香ちゃんは俺達と一緒に育って、今は札幌のテレビ局に勤めているよ」
「あなたはどちら様だったかしら?」
また婆ちゃんの記憶が闇の中に霞んだところで中古のホンダは家に着いた。
車の音を聞いて叔母ちゃんが駐車場に駆けつけた。婆ちゃんの末娘であるところの香奈叔母ちゃんである。
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