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第18話 愛してるの「あ」

 そこに叔母ちゃんが団子の包みを差し出した。 「田上さんもお団子食べるでしょう?」  包みを二つにしてもらったのだ。一つを真生に渡そうとしている。 「真生さんは一人暮らしなんだから。そんなにたくさんあげても困るよ」  と思わず口出ししている。 「大丈夫よ。お団子は冷凍できるから。少しずつチンして食べればいいわよ」  そして、真生は渡された物は拒まないのだった。 「ありがとうございます」  と淡々と受け取っている。甘い物は好きなんだろうか?  あぐりはまだ知らない。  ちなみにイセタンダイニングでの支払いは真生が出そうとするのを、あぐりや叔母ちゃんが全力で遮っていた。  帰りに車の運転をしたのは真生だった。駐車場であぐりは肩を並べて歩いている真生に言い訳がましく言ったのだった。 「迷惑かけてごめん。婆ちゃんは昔は、あんなんじゃなかったんだ。あんな風に怒鳴ったり怒ったり……本当は違うんだよ」  と、遅れてやって来る婆ちゃんを振り返りながら。 「謝ることはない。わかってるよ」  微笑みながら真生はあぐりがポケットから出したキーをごく自然に手に取っていた。  魔法か?   あぐりがキーの失せた自分の手を見つめているうちに、勝手にドアを開けて運転席に乗り込んでいる。 「帰りは運転する。どうぞ、お婆ちゃんと小母ちゃんも乗ってください」  真生に言われて女性二人は大人しく後部座席に乗り込む。  あぐりはぽかんとしたまま助手席に着き、真生のスムーズな発進を見た。  だからビールを断わったのか。  と思った後の記憶はない。   5 愛してるの「あ」  強く肩を叩かれて我に返った。車はまだ発車していないのか?  辺りを見回すと、後部座席の叔母ちゃんと婆ちゃんが降車するところだった。  家に到着したらしい。外はぼんやり薄暗い。もう日も暮れている。 「あ? え、何?」  声はまだ眠っている。運転席の真生はシートベルトを外しながら、 「家に着いたよ。よく眠っていた。かなり疲れていたらしいな」  と車を降りかけて「おわっ!」と妙な声を上げた。砂利で足を滑らせたらしい。 「危ない。田上さん、大丈夫でした?」  と叔母ちゃんが声をかけている。あぐりはまだぼんやりと水の底に漂っているような気分で、のそのそと車を降りた。  真生は婆ちゃんや叔母ちゃんに挨拶をして、真柴駅に歩いて行くと言っている。 「何を言ってるの。電車なんかで帰らなくても。あっちゃん送ってあげなさい」  はい。言われなくてもそうします。  ただ、まだ頭がぼんやりしている。車を降りて運転席に回ろうとした途端に砂利で足が滑り、見事なまでに脚を振り上げ派手な尻餅をついた。 「あっちゃんも、気をつけなさいよ」  と叔母ちゃんはふらふらしている婆ちゃんを抱くようにして家の角を曲がって行く。どうやら、このまま布団に入れて寝かしつけるつもりらしい。  玄関に向かう二人の姿は見えなくなった。 「じゃあ、僕が運転して家まで帰らせてもらっていいかな」  と真生は、あぐりの腕を取って立ち上がらせる。 「え、でも……」 「まだ眠いんだろう。あっちゃんは僕の家から帰る時だけ運転すればいい」  誰もあっちゃんと呼んでいいとは言ってない。  と睨みつけただけなのに、 「あっちゃんて呼んじゃ駄目?」  許可を求められる。  いや、顔がずいぶん近いんだけど?   黙って顔を離そうとした途端に口づけされた。ちょんと軽いご挨拶。  目の前に目がある。闇の中にも瞳はきらきら光っている。  あぐりはどぎまぎと目を伏せつつも、 「あぐりがいい」  と言い張った。  そして改めて唇を寄せたところが、 「わっ!」  と真央はまた足を滑らせて尻餅をつくのだった。腕を掴まれていたあぐりもその身体の上に倒れ込む。  この砂利は何とかしないと、いずれ怪我人が出るぞ。 「いててて」  真生はしかめっ面をしている。  砂利の上に座り込んだ真央にあぐりが跨っている格好である。  何やら和やかに両腕を身体に回される。そしておでこをくっつけて、 「あっちゃんが好きだ」  ……って、いや待てよ!  それは「あっちゃん」という呼び名が好きなのか?  それとも……つまり、その……本体の方が好き?  確認する前にまた口づけをされる。何だか夢中で応えてしまう。  和やかだった真央の腕はにわかに力強くあぐりを胸に抱き寄せる。あぐりも掌を真央の力強い肩や腕に這わせる。  健啖家の舌が柔らかく唇を割って入って来る。夢中で応えて舌を吸い吐息の合間に、 「俺は……真生、が、好き……」  名前でも本人でも、どっちでもいい。  だってもう舌と舌を絡ませて、貪り合っているのだから。二人の手は昂ぶる心そのままに互いの身体をまさぐっている。  唇が離れたその一瞬に真央が「あ」と発したのが「あっちゃん」なのか「あぐり」なのかはわからない。  それより大きな音をたてたのは、二人の脚の下の砂利だった。  人間達が欲望のままに身を動かしたから砂利が悲鳴を上げたのだ。  二人にはぎょっとする程の大音声に聞こえた。

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