17 / 100
第17話
「あっちゃん、どこに行ってたの? 店員さんに探してもらってたんだよ。お爺ちゃんは、お団子を買いに行ってるからね」
デパートの総合案内所で保護されていた婆ちゃんは、あぐりの姿を見るなり言ったものだった。
確かに昔は、寄席がはねると爺ちゃんは追分団子本舗に土産を買いに行き、あぐりは婆ちゃんに手を引かれて伊勢丹の大食堂に先に入ったものだった。
おそらく婆ちゃんは仲入りなのに寄席が終わったものと勘違いして外に出てしまったのだろう。
「駄目じゃない! 勝手に寄席を出て行ったりして。心配するじゃないの!」
と叔母ちゃんは怒鳴っていた。
「見つかったからいいよ。もう帰ろう」
叔母ちゃんを宥め、デパートの店員に頭を下げて外に出ようとしたが、手を取った婆ちゃんは足を踏ん張って動こうとしない。
「寄席がはねたら食堂でご飯を食べて行くんだよ!」
子供か!
いつになくカッとなり強引に婆ちゃんの手を引っ張る。
引きずってでも帰ってやる。そもそもこれはあぐりと田上真生とのデートなのだ。腹立たしい事この上ない。
その真生は伊勢丹に着いた時には額に汗を浮かべてネクタイは外し上着も脱いで手に下げていた。
「僕もご飯を食べて行きたい。悪いけどかなり腹が減った」
と婆ちゃんの味方をした。あぐりは唇を引き結んだまま真生を見上げた。〝私〟がいつの間にか〝僕〟になっている。だからどうだというわけではない。
七階のイセタンダイニングで四人でテーブルを囲んだ。叔母ちゃんが、
「ビールでも頼みましょうか。田上さん?」
と声をかけたが首を横に振って、
「帰りに追分団子でお土産を買って帰りますか?」
婆ちゃんに話しかけている。
何なんだよこの男は!
あぐりはテーブルに両肘をついてうつむいている。
何なんだよ!!
何なんだよ!?
泣きたいのか笑いたいのかわからない。ただ、今この場で抱きつきたい心を抑えるのに精一杯である。
〝何なんだ〟は単に〝好きだ〟の代りでしかない。
「あっちゃんが好きなお子様ランチがないね」
メニューを見てがっかりする婆ちゃんに真生は、
「きっとこれがお子様ランチですよ」
とオムライスプレートを示した。小旗こそ付いていないが、エビフライやハンバーグが盛り合わせになっている。そして、あぐりを見て言う。
「これでどうだろう? あっちゃん」
誰があっちゃんと呼んでいいと言った!
田上はサーロインステーキがのったピラフを注文して、毎度力強く咀嚼する。あぐりはうつむいたままオムライスプレートを平らげた。婆ちゃんと叔母ちゃんは共に天せいろを啜っていた。
伊勢丹を出ると追分団子本舗で土産を買った。
ショーケースを覗き込んで婆ちゃんが、
「蜜がいい。蜜―」
と駄々をこねるように言うから、あぐりは、
「餡子にしておけ」
と言わねばならない。
毎回この店で言い合う台詞だった。婆ちゃんでなければ爺ちゃんが言う時もある。
あぐりはふいと傍らの男を見上げてそれが爺ちゃんでないことに、と胸を衝かれる。
立っているのは田上真生である。
当たり前だ。爺ちゃんは五年前に死んでいる。特別養護老人ホームに入院していたが肺炎で亡くなった。
「初天神 ていう落語の台詞だよ」
思わず真生に解説する。
天神様のお祭に団子屋で子供が蜜の団子をねだるのに、父親が蜜は着物を汚すから餡子にしろと説得する場面である。
ともだちにシェアしよう!