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第21話

 〈老人介護が大変だと話には聞いていたけど、昨日あぐりにつきあって痛感した。私は昨日一日だけでとても疲れたよ〉  ツナマヨおにぎりを咀嚼しながら読み進める。 〈帰りの車で熟睡していたろう。きっと家ではお婆ちゃんのことが心配で、ゆっくり眠れないんだろう〉  ペットボトルの封を切って、明太子おにぎりも流し込む。 〈私は留守が多いから、あぐりに部屋を提供する。一人でゆっくり休むといい。  避難所だと思って欲しい。疲れた時は勝手に入って休めばいい〉  二トントラックの運転席は視界が広い。雑木林の上を舞うトンビを眺めてから最後の一言に目をやる。 〈変なことはしないから大丈夫〉  これは喜んでいいのか悲しんでいいのかわからない。変なことをしてくれてもいいのだが。  少なくとも真生の真意はそこにはないらしい。 〈砂利でお尻が痛い。真生さんは大丈夫だった?〉  と送信する。  シートに当たり尻や腿が痛いのは気づいていたが、今の今まで理由を思い出さなかった。そして、ぐふふと口元がゆるんでしまう。  ものの数分で昼食を終えて、倉庫に戻ると午後の荷物を積み込んだ。そして出庫する頃には、あぐりの胸はほんのり温かくなっていた。  今日も残業で退勤のタイムカードを打刻したのは夜十時近くだった。ロッカー室で制服を着替え駐車場で中古のホンダに乗り込むと、つい本城駅に向かってしまった。  いや、そう言われたからってすぐに真生のアパートに行くのも図々しくないか?  大体まだ鍵はもらっていない。  ためらう心のままに、くるくると本城駅や駅裏を乗り回す。真生の勤務先、牧田産婦人科クリニックの前も何度か通過する。そして駅前のコインパーキングに駐車した。  あぐりは真生とタイミングがよく合う。この辺を歩いていれば偶然出会えるかも知れない。  何の根拠もない思い込みで、駅前二階コンコースをうろうろ歩いて出会ったのは、 「よお。あぐりっち! 今帰り?」  坂上神社の新宮司ミソッチこと御園生慶尚(みそのおよしなお)だった。  駅の改札前でチラシを配っているようだった。着物に袴と神職の姿ではあるが、夜は冷えるのか上に昇り龍の刺繍が付いたスカジャンを着ている。足元はスニーカーである。 「ミソッチ先輩。何配ってんですか?」  もらったビラは坂上神社の写真に〝今年の初詣は坂上神社へ!!〟と特大ゴシック文字で印刷してあるチラシだった。いかにも素人の手作りである。 「いいけどまだ十月ですよ」 「まだじゃなく、もう! マジあと二か月で大晦日だぜ。そんで正月。ヤベーよヤベーよ」   この時間帯でも都心から帰るサラリーマンやOLは多い。それらにチラシを手渡している。  あぐりには神社経営などわからないが、銭湯の市川湯はなくなり、はにわ公園には建売住宅が建ち、地元は変容している。  そもそも実家の大吉運送さえ廃業になったのだ。あぐりが高卒後、引っ越し会社に就職して間もなくのことだった。いきなり将来が見えなくなった瞬間だったが、それはともかく。  地元の小さな神社が経営の危機に瀕していてもあまり驚かない。むしろこの先輩が後継ぎとして奮闘していることに驚いている。 「あ、ついでにこれもよろしく!」  ミソッチはスカジャンのポケットから細長い紙の束を出した。ロックのライブチケットらしい。 「先輩バンド辞めたんじゃないですか?」 「辞めてねーって。一時休止。来年またやるから見に来てちょ」  と掌を差し出している。プレゼントではなく販売らしい。

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