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第20話

 恋する者はすべからくスマートフォンにかじりつく。翌朝、目覚めるなり枕元のスマホを手にして、その姿勢のまま固まってしまった。  部屋の入り口に婆ちゃんが立っていた。あぐりの部屋は洋間だが、入り口は引き戸である。そこを細く開けた隙間に見えるのは、 「あっちゃん。お爺ちゃんとお母さんにお参りしなさい」  と両手に一本ずつ蝋燭立てを持っている老婆である。それぞれの蝋燭には火が灯り、かすかな風に炎が揺らめいている。  横溝正史の世界?   あぐりはスマホを打ち捨てて婆ちゃんの手から蝋燭立てをとり上げた。そして火を吹き消す。 「危ないから、火を持ち歩かないでよ。お参りはするから」  パジャマのまま婆ちゃんと共に階下に降りて、仏間で座布団に正座すると改めて蝋燭に火を点けた。線香も点けて、思い切り大きな声で般若心経を唱える。横に座った婆ちゃんも唱和するから、家中にお経が響く。  昔はこれをやっていると出勤して来たドライバーや社員達も顔を出して唱和したものだ。当時は、長姉さおり、次姉まゆか、いとこの明日香など誰かしら女の子が座っていたから、彼らの目当てはもちろんそちらだった。  そして長女のさおり姉ちゃんは、経理事務の男と結婚して今は夫の実家がある四国は松山に暮らしている。  便利屋になった富樫のおっちゃんも頻繁に読経に現れていたが、この家の女たちとは縁がなかったらしい。未だに独身である。  朝のお勤めを終えて台所に顔を出すと、叔母ちゃんがうんざり顔で朝食の支度をしていた。「見てよ、これ」  と差し出したのはあぐりの弁当箱である。  中を見るなり息を飲んでしまった。詰め込んだご飯の上に線香の束が広げてある。そしてゆで卵の輪切りが並んでいる。柴漬けなども散らしてあるから、白に緑に黄色に赤紫と彩りだけはいいが、すさまじく抹香臭い弁当である。 「崇さんはもうお婆ちゃんに家事はさせるなって言うけど。子供じゃないんだから、勝手に料理をするわよ。それでこの有様よ」 「弁当はもういいって婆ちゃんに言っとくよ。コンビニで買うし」  叔母ちゃんを宥めるように言いながら、この弁当を会社で開けなくて良かったと胸を撫で下ろす。  そんなこんなで真生のLINEを確かめたのは、昼になってからだった。 休憩室でゆっくりする暇もないが、それは江口主任の顔を見なくて済むから逆にいい。  会社に戻って午後の荷を積み込む前に、駐車場でコンビニおにぎりをペットボトルのお茶で流し込むばかりである(サーモスタンブラーのほうじ茶も剣呑な気がして断わった)。 〈あぐりに部屋の鍵を渡したい。今度いつ会える?〉  口に押し込んだおにぎりを喉に詰まらせそうになった。  何だこのメッセージは?  自分は夕べ寝ている間に、何かはしたないLINEでもしたのか?  部屋に入りたいとか、寝たいとか……と、過去のメッセージを遡るも、全て記憶通りである。  改めて真生の言葉を読み進める。

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