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第36話
あぐりはコンビニ弁当をぶら下げて休憩室に行った。もう手作り弁当は持参しない。
婆ちゃんにはもう弁当はいらないと言ってあるのに毎日のように作ってしまう。まともな弁当はもう殆どない。線香や蝋燭が当たり前におかずに入り、どこで見つけて来たのか消しゴムやどんぐりが卵とじになっていたりする。
忘れずに卵料理を入れるあたりが涙を誘う。
テーブルの隅で弁当を食べていた三田村さんがばたばたとせわしなく手招きした。
「今週の週末よ。あぐりくん、つきあってくれるでしょう」
「何が?」
「やだやだ、忘れないでよ。主任の誕生日パーティー。ケーキを買う係。今年は私とあぐりくんなのよ」
「あ、そうでしたね」
三田村さんの隣に腰を下ろした。
コンビニ弁当を広げながら、今週の週末とは……と思い出してまた一人で赤面する。身体も熱くなる。
絶対に泊まりに行かねばならない日である。
「俺、今回ちょっと用事が出来て……」
「あらら。何言ってんのよ。私一人でケーキ二つも持ってくのやーよ。今年はバースデープレートののったイチゴショートとレモンメレンゲパイ。森くんや林くんがネット予約してくれたから、私たちは引き取って主任のお宅に届ければいいの」
森林コンビもそこまで気が利いたなら、いっそUberEatsに頼めばよかったのに。
「確か、お昼をご馳走になって夕方までに帰るんですよね?」
「そうよ。夜までお邪魔しちゃご迷惑でしょう」
ならば主任宅を辞してから真生のアパートに行っても充分にも似合うのではないか?
問題は夜なのだから。いや、別に昼間でもいいが。いやいや何を……
と、また一人で赤くなってばかりである。
「また熱出た?」
と三田村さんに額に手を当てられる。
午後の荷積みも終えたトラックの運転席で真生にLINEをしてみる。先ほどの事といい、真生はあぐりの都合を優先してくれる気がする。
〈じゃあ、土曜日の夜に来てくれるんだね。一緒に夕飯を食べよう。
日曜日も空けておく。医局には絶対に連絡を入れないように断わっておく。
楽しみにしてるよ〉
案の定、特に異を唱えることもなかった。
何だか胸がじーんとして、いつまでも真生の返信を眺めていた。
その昔、本城三叉路 は昔は狐や狸が住む森だったそうである。
どこぞの住宅会社がそこを切り開き、フォックスヒルズと名付けてちまちました建売住宅を販売したのだ。取り残された狸がさぞ恨んでいるだろう、とは婆ちゃんや叔母ちゃんの弁である。
本城駅ビルの洋菓子店で予約したケーキを受け取り、それぞれ手にしてあぐりと三田村さんはタクシーに乗って、駅から本城三叉路に向かった。
「あぐりくんたら、いつもと全然違う。おしゃれじゃない?」
タクシーの後部座席に並んで座った三田村さんは、あぐりのジャケットの袖口を摘んで言う。
「上司の家だし……」
と言ったが別に江口主任のために着た服ではない。その後で会う人のためだ。
「三田村さんだって、いつもと違ってスカート履いてるじゃないですか」
「あらら、いやーね。私だってスカートぐらい持ってますから」
実のところあぐりはおしゃれがよくわからない。手持ちの服で最もおしゃれと思われるものを着たに過ぎない。
浦安に住むまゆか姉ちゃんが何かの際に見立ててくれたジャケットとボタンダウンシャツのコーディネイトである。
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