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第15話
高速道路に乗るために本城駅南に向かう。そして坂上神社にさしかかった時、婆ちゃんが神社に参拝すると言い出した。無視して車を進めようとすると、婆ちゃんはプチパニックに陥った。
「止めて! 止めてよ! お参りするんだよ! 比呂代ちゃんにも挨拶しなきゃ」
運転席の背もたれを揺さぶり、あぐりの肩を叩く。
「お婆ちゃん。比呂代さんは去年亡くなったのよ。葉書をもらったでしょう」
宥める叔母ちゃんの言葉に聞く耳もない。
「比呂代ちゃんに会うんだよ! お嫁に来た時からの仲良しなんだから!」
あぐりが助手席をちらりと見て口を開くより先に、
「いいね。私もこの神社は初めてだから、お参りしてみたい」
すらりと言う真生である。
「愛してる!」とか何かとんでもないことを口走りそうになり、ぐっと奥歯を噛みしめる。
車を駐車場に入れて四人で神社の鳥居をくぐる。それぞれに神前でお参りして授与所に向かったところが、待ち受けていたのは、
「ちーっす! あぐりっち」
思い切りチャラい宮司だった。
「おーっ! 大吉運送のお婆ちゃんと小母ちゃんも。どーもどーも、お参りご苦労さんっす」
白い着物に浅黄色の袴を着けてはいるが、口調はまるで神職ではない。
あぐりは先日迷子の婆ちゃんを見つけてくれた礼を言う。このところあちこちに礼ばかり言っていると思いつつ。
「何の何の。大したことないっす。それより、ご朱印帳どお? うちのご朱印もう押してあるから。スタンプラリーだよ。どーぞどーぞ!」
と祖母ちゃんと叔母ちゃんに一冊ずつご朱印帳を売りつけてから、
「ちょ、待て。あぐりっち俺の二コ下じゃん。てことは今年二十五才。マジ厄年! ヤベーよヤベーよ。厄払いしなきゃ」
などと言い出すチャラ宮司である。
寄席に行くからと断る間もなく叔母ちゃんにばんばん背を叩かれる。
「ウソ! あっちゃん厄年だったの? 駄目よ。厄除祈願は大切よ。私が離婚する羽目になったのも、それをしなかったせいよ!」
違うだろ!
「だって真生さんは初めて寄席に行くんだよ。一番太鼓から聞いて欲しいのに……」
地団駄を踏まんばかりにしているあぐりを、真生は肩をぷるぷる震わせながら見て、
「ついでだから厄除祈願もやってもらったら?」
言う声は笑いで裏返っていた。
拝殿に四人並んで新人宮司の厄除祈願を受ける。
先輩のサービスかと思ったあぐりはやはり末っ子の甘々で、安くない規定の玉串料を取られるのだった。
ちなみにこの宮司は、御園生慶尚 という難読氏名である。誰も御園生とは呼ばず、あだ名はミソッチなのだった。
ようやく坂上神社を出て、田園地帯を走り抜けて高速道路に乗り新宿に着いてからも、空いている駐車場を探してさまよった。
四人が末廣亭に着いた頃には、とうに昼席は始まっていた。途中入場は、落語家が高座を下りて前座が座布団やメクリを返す間に、すかさず席に就くのが礼儀である。
「ほら、早く早く」
と叔母ちゃんは真生の手を引いていち早く席に着いた。つまり席順は叔母ちゃん、真生、婆ちゃん、あぐりとなった。
女男女男って合コンか?
これじゃ真生と話せない。いや、寄席で話していいのは噺家の入れ替えの間か、仲入りだけである。
でも隣同士で肘掛けにのせようとした手が触れてドキドキするとか、そういう淡いふれあいを期待していたのに。
あぐりの手を握っているのは婆ちゃんなのだ。まるでドキドキしない。
「おなーーかーーいりーーー!!」
幕が下りて前座の声が響く。お仲入りとは休憩のことである。
慣れたこととて婆ちゃんは席を立ちそそくさとトイレに行く。
「私もトイレ」
と叔母ちゃんがあわててそれを追って行く。
よし、今だ!
と席を詰めて真生の隣に座ろうとしたところが、
「じゃあ、私もちょっと……」
と膝を越えてトイレに行かれてしまう。
一人ぽつねんと座席に残され、あぐりは想像とまるで違うデートにうなだれる。
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