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第24話 静かなる米 漆黒なる飲み物
6 静かなる米 漆黒なる飲み物
異臭で目が覚めた。化学物質が燃えているような、喉がいがらっぽくなる臭いである。
枕から頭を上げるより早く、階下から叔母ちゃんの声が響いた。
「お婆ちゃん! 何なの! 何これ? あっちゃん、大変! 駄目よ、お婆ちゃん!」
混乱し切った声が伝えているのは緊急事態だということだけである。
あぐりは部屋を飛び出し階段を転げるように降りると声のする食堂に飛び込んだ。
部屋中に黒い煙が漂っている。辺りに充満した異臭。
うろうろと所在なさげに婆ちゃんが歩いているのを引き留めて、火元らしいガス台を見やると派手に黒煙が上がっていた。そのわりに炎はちろちろと小さめである。
消火器は風呂場横の廊下に置いてある。いったん食堂を出ようとしたところ、
「あっちゃん、これ!」
既に叔母ちゃんがそれを外して持って来るところだった。
婆ちゃんの手を叔母ちゃんに預けて(こういう時は必ず外に出て行って迷子になる)消火器のホースをガス台に向けて近づけた。
激しい煙に目からぽろぽろ涙が出て狙いを定めにくい。顔をそむけながら火元に近づくと一気に消火剤を噴射した。
大吉運送で年に一度火災訓練をしたのはあぐりが小学生から中学生の頃で、何度か消火器を持たせてもらった。当時の訓練が今更役に立つとは思わなかった。白い泡が直撃する炎は次第に勢いが弱まっている。
そして火が弱まるにつれ、ガス台の五徳の上にのっている物に我が目を疑った。
「何……あれ?」
あまりのことに棒立ちになる。
叔母ちゃんが戸や窓を開け放って煙を追い出しているから、いよいよ判然とその物体が見えて来た。
電子炊飯器だった。その白い表面が炎に炙られて黒焦げになり、どろどろに溶け始めていた。
日本のどの家庭にも常備されているだろう電子機器。ご飯を炊くにはコードの先端をコンセントに差し込んで〝炊飯〟のスイッチを押せばいい。だが婆ちゃんはこれがただの炊飯鍋であるかのように、ガス台にのせて火を点けたのだ。
始めチョロチョロ中パッパ。
火加減もしたのだろうか。
あぐりは空になった消火器を持ち、げほごほ咳をしながら立ち尽くしていた。
消防車がサイレンを鳴らしながら到着したのは火元の熱も鎮静化した後だった。
ミトン型の鍋掴みで温度が下がった炊飯器の蓋を開けてみる。
溶けた本体にも関わらず蓋は滞りなくぱかんと開き、中にはきちんと測った水と米とが入っていた。
あぐりはひたすら情けなく涙も出なかった。いや実は煙にやられて真っ赤になった目からぽろぽろ涙は出ていたのだが、それは単なる生理現象だった。
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