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第27話
だが、主任が本当に言いたかったのは、そんなことではなかったらしい。
席を立って机を回って来ると、いきなり抱きすくめられた。否応なく口づけをされる。あぐりが思い切り突き飛ばしたのは、
「会社ですよ! 誰かに見られたら」
と言えるからだった。
本音では、何でこいつにキスされなきゃならないんだと、これまでのセフレ関係がなかったかのように不快に感じていた。
〝HIV発言〟で完全に気持ちが離れていたとはいえ、我ながら勝手な気もする。
「このところ忙しいのはわかってるけど。冷た過ぎないか? 今日はスワンに寄って行かないか?」
たちどころに首を横に振る。
「てか、HIVが心配なんでしょう? もうやめましょう」
「何だよ。あんなの冗談じゃないか。気にしていたのか?」
わりとむかつく。
早足で事務所を出て行きかけたが、それでも相手は上司だった。
「帰ります。今日は婆ちゃんについててやりたいし。台所の後片付けもしなきゃ」
「そうなのか? 仕方ないな」
と主任は背後からあぐりの肩を抱きすくめて共に事務所を出た。
訳がわからず押されるままに廊下を歩いて行くと、向かっているのはトイレだった。いや、トイレで何をさせる気なんだ。
「待ってくださいよ、主任。僕はすぐ帰るって……」
「うん。だから、ちょっとでいいからさ」
物も言わずに乱暴に主任の手を振り払った。足早にロッカールームに向かうと、制服を脱ぎ捨てて私服のTシャツに着替えようとした。
この状況で服を脱ぐ奴があるか?
すぐに自分の迂闊さに気がついた。
「まあ、ここでもいいか。誰もいないし」
追いかけて来た主任は、嬉しそうに上半身裸のあぐりに抱き着いた。舐め回すのが好きな男だから、顔から胸からねとついたキスをして来る。
「やめてくださいよ。もう嫌なんです。こういうの」
「何を言ってるんだ。今になって……こんなにさせといて」
と下半身を押し付けられる。
「何を言ってるんだ」と言いたいのはこっちだ。勝手に勃起したくせに。
あぐりは力任せに江口の身体を引き離そうとする。主任は主任であぐりの肌に爪を立てんばかりにしてしがみついて来る。そして、
「本当だ。君、髪の毛が変な匂いがするよ」
あぐりの髪に顔を埋めてくすくす笑った。
濁った視界に淫猥な笑顔が見える。
……そうか。笑うのか。
「僕のは臭うかな? ちょっと嗅いでみない?」
と更に下半身を押し付けて来る。
憑き物が落ちたかのように一気に全てがどうでもよくなった。
ガス台の上で黒焦げになり溶け出した炊飯器の中で、米粒たちは静かに水底に沈んでいた。
軽く抜いてやれば気が済むんだろう。それだけのことだ。
あぐりはむしろ積極的に江口のズボンのファスナーを開けると、乱暴に手を突っ込んでペニスを引っ張り出した。
親の仇のように握り締め、乱暴にしごき始める。
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