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第34話
本社から来た調査員は銀縁眼鏡にネクタイといういかにも事務職員らしい姿だった。上着だけはドライバーと同じ制服を着用している。
「よろしくお願いします」
と、あぐりはトラックの前で頭を下げる。
乗車姿勢から見られている。運転席のドアを開ける前に周囲を見回し安全確認。ドアを開けて乗車するにもステップに脚を掛け、二か所のグリップを手で掴む三点支持を遵守する。
シートベルトを装着の後、バックミラーやドアミラーの位置を確認する。
もちろん、いちいち指差し確認するのである。普段は適当に流していることを、これ見よがしに行う。
「どうぞ。お願いします」
と呼びかけて初めて調査員は助手席に乗って来る。
調査員がシートベルト装着の後、ようやくエンジンをかける。
そして、こういう時に限って支障が出るのは何故だろう。
芋だか南瓜だかやたらに重い農作物が入った段ボール箱を届けた屋敷は、いつも読経を頼まれる所だった。あぐりの婆ちゃんとそう年の違わなそうな老婦人が、
「今日もお参りして行ってちょうだいね」
と家の中に上がるように促す。
そもそも配送員は玄関先で荷物を引き渡すのが原則である。なのに「今日も」という台詞はいかにもまずい。背後にいる調査員を気にしながら、
「いや。今日は急ぐので、ちょっと……」
と断れば、
「今日は息子の月命日なんですよ。足軽運送さんはお経がとてもお上手だから息子も喜ぶと思うのよ」
にこにこと誘われる。
この老婦人の息子は難病に罹って若くして亡くなったという。それがあぐりと同い年ぐらいの頃だったそうで、初めて配達した時からいろいろ聞かされ、いつの間にか仏壇にお参りするのが習慣になっていた。
「すみません。ちょっとだけなので……」
調査員に断って上がろうとすると、老婦人はそちらにも声をかけるのだった。
「どうぞ、お上がりになって。今お茶を用意しますから」
毎回お茶をご馳走になっているのがバレバレである。
広々とした玄関で靴を脱いで式台に上がる。靴下の汚れを気にしながら出されたスリッパを履く。
そんなあぐりを調査員はじろじろ見ている。接客対応・Cに降格? いやせめてBぐらいに留めて欲しい。
広い仏間の箪笥と見まごう大きく立派な仏壇の前に座ると、あぐりはそれに負けない声で般若心経を唱えるのだった。
終わるなり供されたお茶を一気飲みして席を立つ。お茶うけの落雁は懐紙に包んで「持ってお行きなさいな」と渡される。あぐりと調査員は共にその懐紙の包みをズボンのポケットに入れるのだった。
次の配送地に向かいながら助手席の調査員は黙ってタブレットに何やら記入している。
言い訳がましいと思いながらあぐりは、あの老婆の早世した息子について語っているのだった。
真意の知れない冷たい目をした調査員は黙って頷きながらあぐりの話を聞いている。
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