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第49話 紅い砂利

   10 紅い砂利  月曜日の朝、 「行ってらっしゃい」  と玄関先で真生を送り出す。まるで新婚夫婦である。  あぐりは全日出勤のシフトだったが、到底会社に行く気にはなれなかった。欠勤の連絡をしようとスマホを探したが、バッグにもポケットにも入っていなかった。  どこに置いて来たのか記憶にない。  というか思い出したくもない。  居間のカーテンを開けて見るが、北向きなので特に朝日は入って来ない。しばしロブと遊んでから近所のコンビニに出かけた。昼食のおにぎりと歯ブラシも買って来た。浴室の小さな洗面台のコップに真生の青い歯ブラシと共に自分の黄色の歯ブラシを差してにやにやする。  コンビニおにぎりを食べようと思っているところに、騒々しく白衣姿の真生が飛び込んで来た。初めて見る医師らしい姿に惚れぼれする。  所謂(いわゆる)ケーシータイプ、立ち襟で肩にボタンのある医療衣である。パンツも同じく白である。実は白が似合う男だったのか。 「どうしたの。忘れ物?」 「すぐ家に帰れ。送るから」 「何で?」 「お婆ちゃんが……」  あっと思った。  とうとう婆ちゃんがやった。  おそらく仏壇の蝋燭を倒して家中焼いたのではないか。  泡を食ってあぐりが靴を履いていると、真生はまた黒い診療鞄のファスナーを開けている。  大判の傷絆創膏を出すとあぐりの襟元に手際よく貼ってから「よし」と玄関から連れ出す。  気が動転しているあぐりは何をされたかわからない。  とにかく駐車場に走り、ランドローバーの助手席に乗り込む。  真生も運転席でシートベルトを着けてから、 「あっちゃんの電話がつながらないって、小母さんから僕の携帯に電話があった。お婆ちゃんが……」 「家を燃やした?」 「いや」  駅裏の細い路地を慎重に運転して、大通りに出てから言った。 「亡くなったそうだ」 「へえ」  他人事のようにあいづちを打っていた。  家に着くと、ちょうど玄関からまゆか姉ちゃんが出て来るところだった。喪服を着ている。 停車しているランドローバーから地面に飛び降りた。  砂利の駐車場や中古のホンダを見ると何かが常とは違っている。  人間はほんの一瞥でどれ程の物を見て取れるのだろう。後で知った知識でこの一瞥がジグソーパズルのピースのように全てぴたりと嵌まったのだが、この時はただ変だと思っただけだった。 「さっき遺体が警察から戻って来て。家はまだ臭いから、萬徳寺で今夜お通夜をして、明日が葬儀だって」  あぐりは促されるままに二階の自室で箪笥から喪服を引っ張り出した。これを着るのは爺ちゃんの葬式以来である。入れっぱなしだったから少し黴臭い気がする。気持ちぶかぶかなのは昔の方が太っていたのか?  真生が運転する車で萬徳寺に向かった。後部座席にまゆか姉ちゃんと並んで座り、婆ちゃんの最期を聞いた。 「あっちゃんが帰らないって探しに出たらしいよ。あぐりってば叔母ちゃんが電話しても全然出ないんだから。お婆ちゃんが落ち着かないって、うちにも何度も電話が来たよ」 「それ……いつのこと?」 「土曜日の夜。お婆ちゃんを一度は布団に入れて寝かせたけど、夜中にがたがた音がして玄関から出て行ったらしいのよ。叔母ちゃんが追いかけて行ったら……死んでたって」 「待って待って待って。それ、わかんない」 「だから……砂利で足を滑らせて、車に頭をぶつけて。頭とか血まみれで倒れているから、救急車を呼んで……呼んだけど、もう死んでいたって。警察で検視があって、やっと遺体が帰ったところ」 「解剖……されたの?」  というあぐりの問いに答えたのは、運転席の真生だった。 「その場合、解剖はないと思う。診るだけだ。お婆ちゃんの身体は大丈夫だよ」  ジグソーパズルのピースが嵌まった。砂利が赤黒く染まっていたこと。黒いホンダの助手席の腹がベコリと凹んで剥げた塗装に赤黒い汚れが付着していたこと。  あそこが婆ちゃんの終焉の地だったのだ。 

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