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第41話
「どうせ送った野菜も開けないで腐らせてるんでしょう」
「別に腐らせてない。ちゃんと医局でみんなに配ってる」
「ママに言ってるのに。真生は受け取る暇もないんだから送ってもしょうがないって」
「悪かったよ。なるべく返送にならないように再配送してもらってる」
定期的に送られる田上姓が発送元の荷物のことらしい。
「こちら、足軽運送のドライバーさんだよ」
と、ついでにあぐりを紹介するが、妹は見事にスルーする。
家族の会話を聞き流し、あぐりはただ促されるままにテーブルでカレーを食べるばかりだった。
市販のカレールーで作ったのだろう。黄色くどろりとしたカレーだった。大き目に切ったにんじん玉ねぎじゃが芋がごろごろ入って、福神漬けも添えられている。
婆ちゃんもこんなカレーを作って、上に固ゆで卵を輪切りにしてのせてくれる。
真生の体操着を着てちんまり座ったあぐりの隣に真生が座る。
「二階に行くよ、お千代さん」
と猫に声をかけながら里生はちらちら真生とあぐりを見比べていた。
多分、今日でなければ気づかなかったろう。思わず椅子から腰を上げたところを、
「どうぞ。ごゆっくり」
と手で座るように促して里生は食堂を出て行った。
「何?」
まだ立っているあぐりを真生が見た。
すとんと椅子に腰を下ろして、スプーンを動かした。機械のように皿の物をすくっては口に運ぶ。その合間に言ってみる。
「妹さんは知ってるの?」
「何を?」
カレーの皿が空になったら、サラダももしゃもしゃ口に詰め込む。
ようやく気づいたらしく唐突に真生が言った。
「私は家族にカミングアウトしている」
少しぞっとする。遠くの方で「ホーモ! ホーモ!」「おかま!」と囃し立てていた声が蘇る。
里生が二人を見比べていた目つきは、彼らのものと似ていた気がする。
「ごちそうさま。俺もう帰る」
今度こそ立ち上った。
面食らっている真生を残して「荷物は?」と風呂場にとって返した。乾燥機の中で回っている服を手を束ねて見ていると、何やら玄関の方が騒がしくなった。
「ええ? 何で」
と声を上げているのは里生である。
そっと玄関に行ってみると、里生や真生がスーツケースを持った男女を迎えている。おそらく両親だろう。
「向こうは大雪だそうだ。羽田から飛行機に乗って新千歳空港の上空まで行って、何時間も上空を旋回して、結局着陸できないで戻って来た」
不愉快そうに靴を脱いでいるのは父親だろう。
「一日中飛行機に乗っててどこにも行けないんだから」
ため息まじり母親も玄関を上がる。
真生によく似た硬い髪に白髪が混じった父親は、ちらりとあぐりに目をやり、
「これもアレか」
吐き捨てるように言うと奥に立ち去った。
一瞬のその目つきはまるでゴキブリか蛆虫でも見るかのようだった。
「私の客だ。何だその言い方は」
低い声で真生が腹の底から唸るように返した。
夫が脱ぎ散らかした靴を揃えていた母親が、
「いいから。真生はもうアパートに帰るんでしょう」
と飛んで来て息子の腕を引いている。
「客に対する礼儀はないのか!」
怒鳴りながら父親の後を追う真生を、母親や妹が全力で遮っている。
あぐりは、静かにやって来た三毛猫が完全に閉まり切っていない玄関ドアの隙間からするりと外に出て行くのを見た。
「猫が出て行くよ」
誰にともなく言うと「えっ⁉」とサンダルを突っ掛けて外に飛び出したのはパジャマ姿の里生だった。
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