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第46話

 ひょうと風が吹いて心が異次元に飛ばされそうになる。あの時の風が、風見鶏をキイキイ鳴らしている。  でも飛ばされやしない。身体にはまだ愛の余韻が残っているのだ。 「いやなら話さなくてもいい」  健啖家の口中にハンバーグは次々に飲み込まれて行く。 「真生さんて三田村さんと知り合いだったの?」  とビールを呑みながら違うことを言っていた。 「元々は里生の知り合いだ。あいつは大学で保護猫活動を知ったらしい。本当ならリリカを連れて行きたかったんだろうに……。こっちに戻ってから地元の団体に入った」 「ロブも三田村さんとこの保護猫だったの? 耳にV字のカットがあるし」  頷いて真生はあぐりの皿を示すと「食べて」と促す。仕方なく割り箸で目玉焼きをつつく。やっぱり卵ラブである。  そして江口主任の誕生パーティーにおける仕打ちについて話して聞かせる。まるでニュース原稿を読むアナウンサーのように淡々と事実のみを並べた。  真生がフォークで口に運ぼうとしていたライスがぽろりと皿に落ちた。見れば真生はうつむいて震えている。チェックのテーブルクロスにぱたりと落ちたのは涙だった。 「何で?」と首をかしげたのはあぐりで「何で……」と言葉に詰まるのは真生である。  また泣かせた……と思いながら紙ナプキンを差し出す。そして、 「ねえ、食べちゃおうよ」  今度はあぐりが促すのだった。  ついでに自分のナポリタンの半分を真生の皿に取り分けた。  紙ナプキンで顔をこすると真生はわしわしと食べ進む。丈夫そうな顎が食物を咀嚼する様を頼もしく眺める。  あぐりもケチャップ色の麺を箸で摘んでは口に運ぶのだった。  ずっと後に思い起こせばこの週末、地獄のような土曜日から翻って、極楽のような日曜日はあぐりにとって忘れ得ぬものだった。  澄んだ川底で小石に隠れてきらきら輝く砂金のような時だった。  二十五年間の人生を凝縮したとてこの短い時間にかなうものではない。  二人が洋食屋を出たのは辺りが夜の闇に包まれる頃だった。  晩秋の日曜日である。本城駅前コンコースに人は多いがどことなく週末が終わる寂しさが漂っていた。  喜びに満ち足りて歩いているのはあぐりと真生だけに思えた。部屋に戻ってまた睦みたい気持ちと、いつまでも話していたい気持ちが平行線で、並んでひたすら歩き続けた。  照明でまばゆい駅二階のコンコースを降りると暗い道を探して、またしても駅裏の迷宮をめざしているのだった。  田上真生の意識高い系高校生活について聞いたのはこの時である。  真柴本城市内のLGBTQ団体に属したのは高校生の頃だったという。大学生も社会人も属する団体である。  ここで学び活動した真生は(初体験の相手もここで見つけたに違いない。というのはあぐりのゲスな勘繰りである)迷うことなく家庭や学校でカミングアウトした。 「その結果が……あれだ」  と肩を抱かれる。

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