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第53話
「あっちゃん、いるか?」
どんどんと部屋の戸を叩く音と、懐かしい声が聞こえた。
布団の中から目だけ出して伺っていると、引き戸を開けて顔を出したのは、
「地元の農家で芋をもらって来たぜ。焼き芋をやるから降りて来いよ」
と、金髪頭のタケ兄ちゃんだった。
便利屋の富樫のおっちゃんに招集されて、元ドライバー達が来ているという。
じきこの家は取り壊しになるのだが、婆ちゃんの血痕が残った砂利の駐車場を放っておくに忍びないと叔母ちゃんが言い出したらしい。手の空いているタケ兄ちゃんやゲンさんが集まって対策を検討しているという。
タケ兄ちゃんは大吉運送で働いていた頃から格闘技オタクで、よく試合を見に連れて行ってくれた。プロレスの技を教えてもらっていたのは遊びだが、若い娘が多かった当時は折に触れては護身術、痴漢撃退法なども伝授していた。
それが今や本業になっている。千葉県で奥さんのマリ子さんと共に空手道場を主催しているのだ。
外が騒がしくなったので階下に降りてみると、問題の駐車場脇で盛大に焚火を焚いていた。古い書類や未だに残っている〝大吉運送〟のロゴ付き段ボール箱を焼いている。何がなし婆ちゃんの供養に見えなくもない。
実際の供養には仏間に四十九日まで中陰檀が設えられている。叔母ちゃんが毎日線香を上げているらしい。
仏間の鴨居にかけられたご先祖様の写真の中には婆ちゃんの遺影が加えられた。かつての朝のお勤めが嘘のように、あぐりはこの部屋に顔を出さなくなっていた。
アルミホイルに包んださつま芋を焚火の中に放り込むという乱暴な焼き芋だが「ほら食え」と出されれば、この数日ほとんど物を食べていなかったから、ほくほくの芋にかぶりつかずにはいられない。
軍手をした手で肩を叩かれ、
「婆ちゃんが死んでショックなのはわかっけどよ」
とタケ兄ちゃんに話しかけられる。
子供の頃は見上げるような大人に思えたタケ兄ちゃんも、こうして並べばあぐりと殆ど身長差がない小兵なのだった。
もう少し背が高いのは誰だっけ? ちょうどあぐりの頭が肩口に当たるような……今が今、思い出さなくてもいい男である。
「香奈叔母ちゃんをあんま心配させんなよ」
と、しみじみ言われる。
「あっちゃんはアイドルみてえな顔だからよ、なめくさった冗談言う奴がいるかも知んねえけど」
タケ兄ちゃんの妻マリ子さんは何かといえば、あぐりは推しアイドルの〇〇くんに似ているとはしゃいで言う。〇〇くんはよくテレビにも出て来るが、あぐりは何度見ても自分の顔に似ているとは思えない。
「誰かにホモとか、からかわれたんだろ。でも葬式で言うもんじゃねえよ。あっちゃんはホモなんて異常者じゃねえんだから」
そうか。
ホモは異常者か。
あぐりは芋を頬張ったまま肩を震わせた。タケ兄ちゃんは泣いていると思ったのか、震える肩を優しく抱いた。
「教えてやったろう。プロレスの関節技。可愛いからって甘く見る奴にはガツンとお見舞いしてやれ」
密かに笑っていたあぐりだが、しまいにはげらげら声を出して笑っていた。
何をどう勘違いしたのか、タケ兄ちゃんはあぐりの肩をばんばん叩いた。
「そうだよ! あっちゃんはマジ男なんだからよ。ホモなんて変態じゃねえぞ」
そうして後は、ゲンさんや富樫のおっちゃんまで加わってプロレス大会である。
あぐりは身体のあの痣が服から覗かないか案じながら、子供の頃に覚えた関節技をかけ合っているのだった。
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