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第57話
本城駅前ビルの船徳茶屋で座敷の掘りごたつ風テーブルを囲んだのは襟首タオル先輩から始まる男子社員ばかりだった。
女子社員は一人もいない。テーブルには安直な宴会セットの料理が並んでいた。モズクに枝豆、お新香、唐揚げ等々。
「鍋のないコースだよ。みんなで箸でつついてホモの黴菌が感染るといけないからね」
「おい、黴菌は失礼だろう。篠崎さんにあるのはエイズ菌だけだよ」
と言い合う森林コンビである。
宴会は、
「ええ、長らく我が真柴本城支店で働いて来られましたホモの篠崎あぐりくんが、本社のエリート社員にケツとチンコを見込まれまして、栄転することになりました。誠に晴れガマ、カマ!しいことであります。乾杯!」
という挨拶の乾杯で始まった。
来る必要はなかったと今更知ってももう遅い。
一人ずつがあぐりに別れの嫌味を言って行く。
「そう言えば、トイレで篠崎君にはよくじろじろ見られたものでした。僕のは大きいから」
「篠崎君と一緒に配送に回った時、お尻を触られました」
誰が見るか触るかそんなもん。
「僕のロッカーの扉に貼ってあった推しの写真を盗んだのは篠崎くんですか?」
無茶苦茶である。あぐりは乾杯で注がれた水っぽいビールを呑みながら黙って聞いていた。顔には皮肉な笑みさえ浮かんでいた。
別に生きてなくてもいいんだし。何とでも言え。
「篠崎くんにはぜひとも本社でイケメン上司のチンコを舐め上げて欲しいです」
「チンコなめ上げ?」
思わず笑いながら繰り返していた。
「チンコなめあげオメコなめおろし行かないと素人大会!」
あぐりはヒステリックにげらげら笑いながら言っていた。
落語の台詞を思い出したのだ。
立川談笑の新作落語「イラサリマケー」で言われる台詞だった。居酒屋メニューを連ねているだけなのに、外国語訛りのせいで卑猥に聞こえてしまうという落語である。
「何それ? 何がおかしいんだよ、篠崎くん。ホモのくせに笑うんだ?」
と襟首タオル先輩が馴れ馴れしくあぐりの肩を叩いて抱きついて来た。
相手を人間ではなく犬猫の類と思っているような触れ方だった。笑うのは自分達ノンケだけであってホモではないと言わんばかりの顔である。
あぐりはふと首をかしげると手にしたジョッキを逆さにして生暖かいビールを先輩の頭上から注いでいた。
ばしゃっと液体が弾ける小気味いい音がする。
「わッ! 何すんだよ!」
そして史上最大の災難に遭ったかのような先輩の仰天顔を見た。
「ただのビールだよ? レモンメレンゲパイじゃない」
淡々と口にしたはずの台詞が、瞬間的にあぐりの心を激高させた。
「恥を知れ!! あんたの態度は無礼を通り越して野卑でしかない!
同性愛者も人間だ。それを平然と無視して卑下するあんたこそ人非人だ!
これまでの恩を差っ引いても軽蔑しか残っていない!
そもそも誰を愛するか決めるのは俺だ!!
それが同性だからって、あんたごときに非難される覚えはない!!」
唐突にどこかで聞いた台詞を怒鳴っていた。
よくも覚えていたものである。田上の実家で真生が父親に向かって浴びせた罵声である。
脳天までカッと熱くなっていた。これまでに覚えのない感覚である。
空になったジョッキを放り出すと、襟首タオル先輩の身体を返してその脚と脚の間に、自分の脚を挟み込んだ。
「わッ! 襲われる」
互いの股間は殆ど密着している。片足の踵を先輩の腹中央に固定して動けないようにする。反対の脚では相手の膝を立てて固定し、腕で脛を抱え込んで関節技をかける。たちまち先輩が、
「あたたたた!」
と殺されかけた鶏のような悲鳴を上げた。
あぐりは身を翻し、隣の男も掘りごたつから引きずり出して関節技をかけた。学生バイトの森くんのようだった。
続いて林くんにもシャープに技が決まり絶叫が響く。
だが、他の連中が取り押さえようと次々に覆いかぶさって来る。
こうなると関節技などかけていられない。最終兵器は金的だった。これが最もダメージが大きい。
当たるを幸い握り潰した。躊躇も逡巡もなかった。 同情なんぞ一ミリもなかった。
「うぎゃーーーーっ!!」
「おげーーーーっ!!」
完全に惨殺された鶏の悲鳴が響く頃には、わらわらと店員がやって来た。
「やめてください! 他のお客様にご迷惑です!」
と追い出しにかかる。
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