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第64話

 忘年会は鉄板のあるテーブル一席を囲む少数の会だった。地元の生まれ育ちだという杉野が鉄板を仕切って何種類ものもんじゃ焼きを作るのだった。  もんじゃ焼きとは小麦粉を出汁でゆるく溶いた中に、細かく刻んだ具、キャベツ、もやし、紅生姜、桜エビ、揚げ玉、肉、魚介類などを入れて鉄板で焼く庶民的な食べ物である。はっきり言って見た目はゲロだ。  それを個々にヘラでこそげ取って食べては、ビールを呑む。あまり赤ワインや日本酒は合わない。  叔母ちゃんと二人で食べた時は大して美味しいとは思えなかったが、杉野が味付けを調整して焼いたものはかなり美味しかった。 「へえ。もんじゃってイケるじゃん」  とヘラでこそげては口に運んでいるうちに、また思い出してしまう。共に鍋をつつくのも嫌がる連中がいた。 「俺……ホモなんだけど」  ヘラを小皿に置いて畏まる。 「うん。聞いたよ。BLTSじゃなくて、ええと……」 「LGBTQ。それで彼氏とかいるの?」  嬉しそうに知りたがる杉野である。  鉄板を囲んだ一同がにわかにあぐりに注目する。どう答えれば、どういう結果になるのか、見当もつかない。とりあえず、 「いたけど失恋した」  と言ってみる。嘘ではない。もうあの男とは二度と会わないのだから失恋である。 「もしかして、こっちに転勤になったから? それで失恋した人、他にもいたよ」  心配そうに尋ねる杉野に、 「僕です」  黒縁眼鏡が暗い表情で手を挙げた。千葉営業所から来た男である。転勤したために同棲していた彼女と別れる羽目になった顛末を話して聞かせるのだった。  そんなこんなで恋バナになり、それぞれが輝ける恋愛や悲惨な失恋について語り、あぐりは恐る恐るまたヘラでもんじゃ焼きを食べ始めるのだった。  特にあぐりが食べることに抵抗がある者はいないように見える。  何故だ? いつかどこかで同性愛者だからと揶揄され罵倒されるのではないか?  どうにも疑いが晴れないまま終えた忘年会だった。  大晦日。真柴駅は閑散としていた。  駅舎の出入り口には申し訳程度の小さな門松が立っている。舗装されていない駅前ロータリーに菓子パンの空き袋がカサカサ舞っている。  駅からまっすぐ伸びる道の先には曇天が広がるばかりである。  初めて見る景色でもないのに引っ越したばかりのあぐりは、生まれ育った町には何もないのだと改めて実感する。そして、こちらの方がほんの少し気温が低いと知るのだった。  未だ新車は購入していない。月島のワンルームマンションから実家に帰るには電車に乗って駅から歩くしかない。二十分ばかりの道をだらだらと歩いて行く。  休暇に入ってから一人暮らしの部屋を整えていたのだ。  年末大売出しで家電や家具が安くなっていたから、ここぞとばかりに買い揃えた。放り出してあった預金通帳入りのファスナー付ボーチも、買ったばかりの戸棚の引き出しにしまった。お陰で帰るのが遅れてしまった。  元社員やドライバー達が集っての大吉運送お別れ会は昨日で終わったと聞いている。懐かしい顔ぶれが揃ったと叔母ちゃんが何枚もの写真を送って寄越した。だが、あぐりはタケ兄ちゃんの悪気のない発言を聞いて以来みんなと顔を合わせるのを憚るようになっていた。正直、帰省が遅れたのはそのせいもある。  ほんの少ししか離れていなかったのに、実家は他人の家のようだった。  まず物置小屋前の駐車場はアスファルト舗装され白い線で区画が区切られ、完璧に真新しい駐車場になっていた。  そこを回って玄関に行くと、逆に家屋はひどく古びて荒れ果てているように見えた。

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