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第66話
その横で数人の女性が段ボール箱やブルーシートを広げて何やら作業をしている。
「あらら、あぐりくんじゃないの!」
三田村さんだった。
「帰省したのね。どうどう? 関東営業部は? 各支店の選抜チームで働くんでしょう?」
と質問責めである。
「まだ研修期間ですけど……わりといい人が多いみたいです」
「でしょでしょ? 各支店のトップが集まってるんだもんねえ。真柴本城営業所の有象無象とはレベルが違うでしょう」
「ウゾームゾーって……」
苦笑する。
「言いたくないけど、うちってどうなの? って人が集まってるよね。ホントホント。今なんか人手不足だからもう見境なく人を雇ってるし」
「俺、またトラック乗りたいなあ。本社で机に座ってるより全然いい」
思わず本音が出るのだった。
話しながら見ていると、女性達は段ボール箱で猫の家を作っているようだった。雨風に濡れないようにブルーシートで覆い、中には古タオルや毛布を敷いている。
「その段ボール箱、こう使った方が強度がありますよ」
つい手を出してしまうのは、元引っ越し屋の習性である。箱を組み直しガムテープで補強してカッターで家の入口を開ける。
「先日は父が失礼しました」
身近に言われて顔を上げると、真生がいた。
思わず尻餅をついてから、真生ではなく双子の妹、里生だと気づく。
にわかに手先が震えてしまい、カッターナイフを借りていた美女に返す。この美貌にも見覚えがある。熱を出して入院した時の女医だった。刈谷とかいう真生の同級生である。里生とも友人らしく親しく語らいながら作業を続けている。
へっぴり腰で立ち上がろうとしたところを袖を引かれてまた尻餅をつく。
「ご存知ですよね、お千代さん。うちの猫」
と里生がスマホの待ち受け画面を差し出している。背中を見せて座った三毛猫が振り向いている。背中の模様がよく見える写真である。
「今、行方不明なんです。宅配ドライバーさんなら、あちこちに行かれますよね。もしどこかで見かけたら……」
「俺もうこっち住んでないし。ドライバーもやってないから」
「あ……」
里生の声からにわかに勢いが消えた。後押しするように刈谷医師が言った。
「でも、リリカが犬吠埼まで行ったみたいに、お千代さんも車で遠くに連れて行かれたのかも」
猫好きの心配性は度し難い。乞われて仕方なくスマホにお千代さんの写真を送ってもらう。
ただ一度見ただけの里生は風邪の身でさえ、もっと傲岸不遜な印象だった。今やすっかり打ちひしがれているのは迷子のお千代さんを案じてのことだろう。おそらく真生も同様に落ち込んでいるのではないか。
つい見かけたら連絡するなどと安請け合いして、刈谷医師とまで連絡先交換してしまう。
「よいお年をお迎えください」
段ボール箱の猫ハウスを完成させて挨拶し合う頃には、風呂上がりのまゆか姉ちゃんが探しに来るのだった。
「姉ちゃんさ、婦人科検診に行った?」
唐突に帰りの車内で訊いていた。
「何なの、あっちゃんまで。叔母ちゃんが牧田産婦人科クリニックの何とか先生がいいとかしつこく言うし。本城駅前なんて遠くまで行けないって」
「いや。人に聞いたんだ。生理痛がひどいのって病気かも知れないんだって」
「だから。ちょうど会社の健康診断があって、プラスアルファ出して婦人科検診も受けたよ」
「どうだった?」
「別に病気じゃないってさ。痛み止めの薬とか処方箋はもらえたよ」
「なら、よかった」
せめてこれで真生と交際した甲斐があったというものだ。
今年が終わればもう全て終わりだ。
銭湯まで出かけたくせに、あぐりは年内の汚れを洗い落とさないまま新年を迎えた。
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