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第71話
待ち合わせ場所の本城駅前ロータリーに現れたのは、シルバーメタリックのランドローバーだつた。真生の車である。
ぎょっとして立ち竦んでいると、
「早く乗って」
と声をかけたのは里生だった。車を借りて来たのだという。
梅園町の菅野家を訪ねると、来客用ガレージの自動扉を開けてもらった。奥には自家用車らしいベンツが停まっている。配達に来ただけではわからない豪邸ぶりだった。
里生は運転席を下りると後部座席から猫用キャリーバッグを取り出してあぐりに持たせた。ちなみにあぐりは本城駅ビルで買った羊羹をぶら下げている。栄転祝いのお礼である。
里生は大きなショルダーバッグを肩に掛けた。A4書類やパソコンがぎっしり詰まるビジネスバッグである。あまりに重そうなので、
「持ちますか?」
と手を出したが、里生は驚いたような顔で「大丈夫」と答えて玄関に向かった。
今日は老人は留守らしく、対応してくれたのは菅野夫人だけだった。広い玄関を上がると廊下の奥から千代がやって来た。
「お千代さん!」
と声をかけた里生に、にゃーんと鳴いて答えている。
おまけに里生の脛にしきりに額をこすりつけている。これは猫が親愛の情を示す仕草である。
先を歩いていた菅野夫人が寂しそうに微笑んでいる。
「三毛ちゃんたら、私や主人が呼んでもちっとも答えてくれないのにねえ」
千代は一同を先導するかのようにすたすたと座敷へ入って行くのだった。
大きなこたつに足を入れて、里生がバッグから出したのは古いアルバムやクリアホルダーに挟んだプリントしたての写真だった。供されたお茶を呑みながら、千代の来し方を語って聞かせる。古いアルバムは元飼い主の婆様の遺品だという。あの家で遊ぶ子猫の千代やリリカの写真が何枚も貼ってある。
だがあぐりが目を奪われたのは千代ではなく、真生と里生の写真だった。
「国分寺町に引っ越したのは小学校に入学した頃で。それからずっとお婆ちゃんにはお世話になっていたから」
と示す写真では小学生の真生と里生があの昭和のような家の縁側で、千代とはまた違うサビ猫と遊んでいる。
「これはお清さん。お千代さんやリリカの母親猫。五匹も産んで雄の三匹はもらわれて行って、雌だけが残ったの。お千代さんはお婆ちゃんちに、リリカは家に引き取った」
特筆すべきは小学生の二人は男女の区別もつかない程そっくりなのだ。
「これ……どっちが真、里生さん?」
「こっちが真生で、こっちが私。真生は中学生になるまで私と区別がつかないぐらいそっくりだった。知らない人には双子の姉妹と思われてたよ」
「へええ」
あぐりは田上兄妹の姿ばかりを写真に探しているのだった。
菅野夫人は膝に清をのせた婆様の写真を眺めている。
「この飼い主さんは、もう亡くなられて?」
「そうなんです。だから家で室内飼いにしようとしたんですけど、やっぱり育った家がいいらしくて。何度も逃げ出して隣の家に戻ってしまって。でも今回みたいに遠出をしたのは初めてです」
「きっとレオちゃんが誘って連れて来たのね。国分寺町から梅園町までなんて私だって歩くのは大変なのに」
「あのトラ猫はしたたかなボス猫です。月の湯の餌場にも来るし、あちこちの家で餌をもらっているようです。ここまで泊まりながら来たんだと思います」
「まあ。それじゃレオちゃん達は東海道五十三次みたいに、宿場町ごとに泊まって歩いて来たのね」
などと語り合って、千代を連れ帰る承諾を得た。しまいには里生は保護猫活動のチラシまで広げて老婦人に活動内容を説明している。
見た目は真生に似ているが、弁舌の鮮やかさときたら大違いである。菅野夫人に対しては、あぐりがついぞ見たこともない笑顔を見せるのだ。これが弁護士というものかと変に感心する。
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