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第79話
〈完全に更地になりました。〉
との連絡が来たのは一月も終わる頃だった。
二月半ばには叔母ちゃんと富樫のおっちゃんの結婚披露宴がある。真柴本城市のホテルの結婚式場で食事のみのコースである。
〈こういう機会に礼服を買っておきなさい。三越とか伊勢丹とか東京のデパートでなるべくいいのを一揃い買っておきなさい。〉
と叔母ちゃんに言われて、日曜日に銀座に出かけた。
「あっと。俺も親に言われてたんだ。今度、従兄が結婚するから式服を買っておけって」
と言う吉田くんと出かけた。
小太りのわりにファッションに詳しい(完全なる偏見)吉田くんはあぐりに似合う服を見立ててくれた。
「えっと。篠崎さん、そのピカピカのスーツはちょっと輩っぽいよ。こっちのが似合うと思うけど」
どうもあぐりが選ぶ物はおしゃれではないらしい。吉田くんの勧めるままに靴やコートも合わせて購入した。
〝銀ブラ〟とは銀座をぶらぶらすることだと婆ちゃんが言っていた。そんな豆知識を披露すると吉田くんに「物知りなんだね」と感心される。昭和過ぎると馬鹿にされるかと思ったのに。
二人で礼服を入れた袋やデパートの手提げ袋をぶら下げて〝銀ブラ〟をした。
「へえ。日本一古いコーヒー屋なんだってさ」
初めて入った銀座のカフェは老舗のようだった。黑河のそれに比べると軽く爽やかな味わいのコーヒーだった。飲みながら吉田くんの顔をまじまじと見てしまう。
何故このノンケは自分と普通に接するのだろう?
すると吉田くんはその問いに答えるかのように口を開くのだった。
「篠崎さんて可愛い顔してるけど、けっこう鋼の心をもってるよね」
「はあ?」
意味が分からない。
「あっと。可愛いって言い方もジェンダー的にいけないのかな? でも杉野さんも言ってた。篠崎さんは一人で道を切り拓いて来た人の強さを感じるって」
「はあ……」
別に何も開拓とかしてないし。でも、とりあえず褒められたようなので、
「じゃあ、ここは僕が」
とレシートを取ると「いや駄目だよ」と奪われ、結局ワリカンとなる。
帰りの地下鉄で、礼服を買った理由を改めて詳しく話した。
「気がつかなかったの俺だけなんだよね」
と今度の恋バナは、叔母ちゃんと富樫のおっちゃんが主役である。
正月に打ち明けられて二月に結婚式なんて早過ぎると、まゆか姉ちゃんにぼやいたところがまた「鈍感」と言われてしまった。二人の仲は大分前から公然の秘密だったらしい。式の予約もかなり前からしていたそうである。
一緒に暮らしているくせにあぐりだけがいつまでたっても気がつかないから、仕方なく正月の告白と相成ったらしい。
「俺ってやっぱ男女のことは全然わかんないよ。BLTSだから」
地下鉄の音に負けないように大きな声で話すのに「BLTS」は便利だった。吉田くんはすぐに理解して返すのだった。
「BLTSは関係ないでしょう。僕だって親戚の叔母ちゃんの恋愛なんて知りたくないもん」
何だか少しほっとする。
こんな身内のことや自分の気持ちを隠さずに話したのは初めてだと気がついたのは、社宅マンションの玄関で、それぞれの部屋に別れてからだった。
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