81 / 87

第81話

 表情がこれまでになく華やかに見える里生である。  鮮やかなコーラルレッドのドレスは軽やかな膝上丈で、シルバーメッシュ入りのボブヘアからはパールのイヤリングが覗く。片手に下げた引き出物の手提げ袋は、あぐりの持っている物と同じデザインだった。同じホテルで結婚式に出席していたようである。  不躾に上から下まで眺め回しながら、 「……風邪、治ったの?」  と主語を省いた質問は、まるで里生が風邪をひいていたかのようだった。  里生はこくんと頷いてから、 「ちょっと上でお茶して行かない?」  あぐりが足を向けた先に歩いて行く。  同じ披露宴に出席したかのような二人は本城駅コンコースからホテル専用エレベーターに乗った。あぐりは何やら悪事を見つかった気分で二十一階のボタンを押す。  最上階でエレベーターを降りると横手に重々しい鉄の扉がある。緑色のピクトグラムが非常口を表している。目指していたのはここだったはずだが、 「こっち」  と里生に腕を取られて逆方向のコーヒーラウンジに足を踏み入れる。  横にはフレンチレストランやバーの入り口もある。ふかふかの絨毯を踏んでウェイトレスに席まで案内される。席と席の間を広くとった贅沢な設えである。  メニューを開くとコーヒー一杯がおそろしく高い。あぐりの中ではこの辺では焙煎珈琲黑河が最も高価だったが、それを上回る価格である。 「味は黒河のが上だから。あの味を求めるならコーヒーはやめた方がいいかもね」  だから、誰もコーヒーの値段なんて口にしてない。  この双子は何でこんなに勘がいいんだ?  里生は紅茶とケーキのセットを注文する。結婚式でたらふく食べて来たのではないか? あぐりは胃袋にまだフレンチが居座っているので、紅茶だけ頼む。 「真生は、季節が変わると決まって熱を出す」  どこかで聞いた台詞である。 「おまけに失恋してもすぐ寝込む。今回はダブルパンチだったわけ」  里生はちらりとあぐりを見たが知らんふりをする。 「正月休みでちょうどよかったよ。風邪ひいてなきゃ休みでも呼び出されて働いてるから。あいつはちょっとワーカホリックの気がある」 「……ふうん」  まるで興味なさそうに相槌を打つ。 「私が実家を出ることは話したよね」  頷く。 「刈谷玲奈とルームシェアする」 「ああ、あのめっちゃ美人なお医者さん」  言った途端に、ふわりと匂い立つような笑みが返って来た。  何なんだ?  と思っているところにウェイトレスが注文の品を運んで来た。  里生は黙って目の前に置かれるフランボワーズケーキと紅茶を見ていた。  紅茶はそれぞれにポットで供されている。砂時計を逆さにして三分間待つ。あぐりは紅茶をカップに注ぐとミルクも足した。 「こんな薫り高い紅茶初めて飲んだ」  思わず漏らした本音に、 「でしょう?」  里生はストレートで飲んでいるが我が事のように自慢する。真生や里生が連れて来てくれる店はどこも美味しい。二人とも健啖家であり美食家でもあるのだろう。 「真生にしかカミングアウトしてないけど」  とケーキをフォークで切って口に運んでいる。一口が大きい。あんな小さなケーキ二口で食べ終えてしまうではないのか?  〝カミングアウト〟という言葉を無視して考える。 「だって、真生は高校に入るなりゲイをカミングアウトしてるんだよ。両親はこの世の終わりみたいに嘆いて。私だけはちゃんと結婚して子供を産まなきゃって思ってたのに、病気で子宮全摘して石女に……」  何だかその言葉は言わせたくなくて被せるように言った。 「だから真生さんは産婦人科医になった」  ティーカップを口に当てたまま言う。里生はにわかにフォークを持つ手を止めた。 「え……そうなの?」 「僕はそう思った。本人はどう思ってるか知らないけど」 「ふうん……」  と目を泳がせる双子の妹である。

ともだちにシェアしよう!