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第81話
表情がこれまでになく華やかに見える里生である。
鮮やかなコーラルレッドのドレスは軽やかな膝上丈で、シルバーメッシュ入りのボブヘアからはパールのイヤリングが覗く。片手に下げた引き出物の手提げ袋は、あぐりの持っている物と同じデザインだった。同じホテルで結婚式に出席していたようである。
不躾に上から下まで眺め回しながら、
「……風邪、治ったの?」
と主語を省いた質問は、まるで里生が風邪をひいていたかのようだった。
里生はこくんと頷いてから、
「ちょっと上でお茶して行かない?」
あぐりが足を向けた先に歩いて行く。
同じ披露宴に出席したかのような二人は本城駅コンコースからホテル専用エレベーターに乗った。あぐりは何やら悪事を見つかった気分で二十一階のボタンを押す。
最上階でエレベーターを降りると横手に重々しい鉄の扉がある。緑色のピクトグラムが非常口を表している。目指していたのはここだったはずだが、
「こっち」
と里生に腕を取られて逆方向のコーヒーラウンジに足を踏み入れる。
横にはフレンチレストランやバーの入り口もある。ふかふかの絨毯を踏んでウェイトレスに席まで案内される。席と席の間を広くとった贅沢な設えである。
メニューを開くとコーヒー一杯がおそろしく高い。あぐりの中ではこの辺では焙煎珈琲黑河が最も高価だったが、それを上回る価格である。
「味は黒河のが上だから。あの味を求めるならコーヒーはやめた方がいいかもね」
だから、誰もコーヒーの値段なんて口にしてない。
この双子は何でこんなに勘がいいんだ?
里生は紅茶とケーキのセットを注文する。結婚式でたらふく食べて来たのではないか? あぐりは胃袋にまだフレンチが居座っているので、紅茶だけ頼む。
「真生は、季節が変わると決まって熱を出す」
どこかで聞いた台詞である。
「おまけに失恋してもすぐ寝込む。今回はダブルパンチだったわけ」
里生はちらりとあぐりを見たが知らんふりをする。
「正月休みでちょうどよかったよ。風邪ひいてなきゃ休みでも呼び出されて働いてるから。あいつはちょっとワーカホリックの気がある」
「……ふうん」
まるで興味なさそうに相槌を打つ。
「私が実家を出ることは話したよね」
頷く。
「刈谷玲奈とルームシェアする」
「ああ、あのめっちゃ美人なお医者さん」
言った途端に、ふわりと匂い立つような笑みが返って来た。
何なんだ?
と思っているところにウェイトレスが注文の品を運んで来た。
里生は黙って目の前に置かれるフランボワーズケーキと紅茶を見ていた。
紅茶はそれぞれにポットで供されている。砂時計を逆さにして三分間待つ。あぐりは紅茶をカップに注ぐとミルクも足した。
「こんな薫り高い紅茶初めて飲んだ」
思わず漏らした本音に、
「でしょう?」
里生はストレートで飲んでいるが我が事のように自慢する。真生や里生が連れて来てくれる店はどこも美味しい。二人とも健啖家であり美食家でもあるのだろう。
「真生にしかカミングアウトしてないけど」
とケーキをフォークで切って口に運んでいる。一口が大きい。あんな小さなケーキ二口で食べ終えてしまうではないのか?
〝カミングアウト〟という言葉を無視して考える。
「だって、真生は高校に入るなりゲイをカミングアウトしてるんだよ。両親はこの世の終わりみたいに嘆いて。私だけはちゃんと結婚して子供を産まなきゃって思ってたのに、病気で子宮全摘して石女に……」
何だかその言葉は言わせたくなくて被せるように言った。
「だから真生さんは産婦人科医になった」
ティーカップを口に当てたまま言う。里生はにわかにフォークを持つ手を止めた。
「え……そうなの?」
「僕はそう思った。本人はどう思ってるか知らないけど」
「ふうん……」
と目を泳がせる双子の妹である。
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