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第87話

 一同はファミリーレストランで打ち上げをするとのことで、それぞれ駐車場の車やバイクに乗り込んでいる。  まっすぐ駅に帰ると言うあぐりを送ってくれたのはガテン系の男性だった。  助手席であぐりは浅黒い男性の逞しい頤から首筋、肩、胸と心行くまで眺めて下心を満足させるのだった。左手の薬指に銀色の指輪があるのは残念な限りだった。  その夜、あぐりはその男性に抱かれた。つもりで一人布団の中で悶えた。  何故かトラックのコックピットでエンジン音に身を震わせながら逞しい男に抱かれている。筋肉質の厚い胸板を背中に感じて総毛立つような快感が走る。 「あっちゃん……あっちゃん」  と耳元に低い声で囁きながら、その男性はあぐりのものを激しく愛撫する。 この低くまろやかな声はあの男性ではなく、まるで真生のような……いや、そんなことはどうでもいい。ひどく興奮して、この上もない快感に激しく身震いして絶頂に達した。  荒い息が治まらないまま熱い頬を冷たいシーツに擦り付ける。もう一度イケそうな気がする。淫猥に一人で舌なめずりするうちに、にわかに泣き笑いした。  ……出来た。勃った。  真生とセックスしてから、いやハッテン場で乱交してから誰とも何もしていない。というか、反応しなくなっていた。  それこそ街の工事現場でガテン系男性を見かけた時など、以前ならむらむらして下半身を宥めるのに大変だったのが、最近は見事なまでに静まり返っていた。  実は正月休みにスマホで動画を見た時も、全く反応しなかった。  どうせ死ぬんだし、相手もいない。勃起の必要などないだろう。心もまるで萎えていた。  改めて思い起こすと熱い涙で視界が曇る。気にしていないつもりでやはり気になっていたのだ。布団の中に丸まって自分で自分を握って啜り泣き、その姿の滑稽さに気づいて笑ったりするのだった。  ようやく真柴本城市に帰省しない週末が戻って来た。  では都内の一人暮らしが楽しいかといえば、それはまた別だが。  嫌々出勤してデスクワークをこなし家に帰って来れば、息が詰まるようなワンルームである。一人ご飯を炊いて卵かけご飯の食事をとる。菅野夫人の心尽くしの冷凍総菜はすぐに食べ尽くしてしまう。  結果、卵を一週間に一パック消費する。目玉焼きぐらいは作れるようになったが、生卵が主である。インスタント味噌汁や納豆を添えることもある。食後は決まってほうじ茶である。誰かに「痩せ過ぎだ」とか「もっと食べろ」と言われるような気もする。  ワンルームのバストイレは稀にシャワーを浴びるだけでとても湯船に浸かる気にはなれない。月島温泉に日参するのも飽きて、スーパー銭湯を探して出かけたりもする。  ぼんやり湯船につかって思うのは、トラックドライバーに戻る方法だった。会社に交渉してどこかの営業所のドライバーにしてもらうか? 無理なら辞めて転職するしかない。及川さんの居るまほろば運輸ならすぐ採用されそうな気がする。  だが今の社員寮は退去することになる。実家のマンションが完成して入居できるのは来年である。それまでの半端な期間を賃貸アパートで過すのも家賃の無駄である。  では実家のマンションに入るまで、住まいの確保という意味で今の仕事に留まるか?  都会の熱めの湯につかっては思い煩うのだった。 「せっかく本社勤務になったのにドライバーに戻るの?」 「頼み込めば戻れると思うけど、給料は下がると思うよ」  昼休みに社員食堂で麻婆豆腐定食など食べながら思いを漏らすと、吉田くんも杉野さんもあまり賛同しなかった。熱いご飯を黙々と咀嚼しているうちに、 「いっそ開業しようかな?」  まるで唐突に言葉が口をついて出た。 「ちょっと!」  杉野さんが悲鳴に近い声を上げた。

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