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第95話 静かなる日曜日

   15 静かなる日曜日  あぐりが目を覚ました時、ベッドには誰もいなかった。  隣室からみゃあみゃあ猫の声が聞こえる。襖を開けてみれば八畳間は日の光に満ちていた。廊下に面した障子が開け放たれ、ガラス窓から直接光が差し込んでいるのだ。その明るさの中で真生はといえば、目尻を下げて猫たちにブラッシングをしている。お千代さんにロブ、それに額に〆印の傷がある野良猫にまで愛想を振りまいている。 「俺と猫のどっちが大切なんだ?」  と、またしても言いたくなる。  言わずに済んだのは、振り向いた真生の笑顔にやられたからである。凶悪顔が笑みとろけている。 「起きた?」  って、そんなの見りゃわかるだろうと顔を背けて、あぐりは頬を染めている。 「あの洋食屋でご飯にしよう。その後で大吉運送に行ってみたい」 「大吉運送って……もうないけど。取り壊されてマンション工事が始まってるよ」  洗面所に誘われてみれば、既に真新しい歯ブラシが用意されている。  つい笑って背後の真生の肩口に額をすり擦り付けてしまう。猫の真似。 「昔はこの辺で配送会社と言えば大吉運送だったよ。発送する荷物は全部あそこに持ち込んだし……」  あぐりが歯を磨いている間、懐かし気に語る真生である。 「僕が実家を出て大学に行く時の引っ越しも……といっても机や本棚ぐらいだったけど、運んでくれたのも大吉運送だったよ」  真生にとってもあの配送会社が身近なものだったのは嬉しい驚きである。 「本当は今度も……」 「今度も?」  口を濯いで振り返ると、 「いや、だから……今日あっちゃんと行ってみたいんだ」  ふわりと抱きしめられる。 「それと、お婆ちゃんのお墓参りにも行きたい。……萬福寺かな?」  こくんと頷いたきり、何も言えずにぎゅうと真生の身体にしがみつく。  本城駅前にある洋食屋は車で行く距離である。  今更ながら真生があのボロアパートに暮らしていた理由を知る。職場は近いし様々な飲食店に歩いて行けるのだ。ついでに真柴本城市の新宿二丁目もあるし。  この国分寺町に引っ越してからは通勤もさぞ大変に違いない。 「俺が車を回すよ」  真生は猫トイレの掃除をしていたから、あぐりは積極的に声をかけた。  玄関の靴箱の上にあるキーホルダーを手に取る。ここにトレイがあってペンやネーム印と共に車のキーが入っているのも、あのアパートと同じ仕様だった。何やら胸がきゅんとなる。  ふと振り向けば反対側の壁にはヘルメットやロープがぶら下げてあり沓脱石の傍らには大きなザックまで置いてある。随分と本格的な防災用品である。いつ潰れてもおかしくない古民家だからだろうか。  シルバーメタリックのランドローバーの真生が座っていたシートをほんの少し前に出し、真生が握っていたステアリングに手をかける。とうとう真生の領域に入ったと、またも胸きゅんである。 てか、朝から何度きゅんきゅんしてるんだ?  細めの路地から二トントラックとすれ違える程度の道路に車を出す。生垣のアオキの葉の一枚も落とすことなくぎりぎり端に駐車する。運転特Aの腕はまだ鈍っていない。 「ねえ……何だか静かじゃない?」  駅に向かう道を運転しながら真生に尋ねる。  真生は曖昧に頷きながらスマホを眺めている。相変わらず仕事が忙しいらしい。  そう考えて、ようやく思いついた。

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