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第8話:めまい

 あれからラーラは(ふさ)いでいた。姉が被害にあったのはもちろん、ぼくらの結婚式が延期になったことも大きかった。 「犯人が捕まって、ヘルサが元気にならなきゃ、結婚なんて無理だよね」 「そうだね」 「わたしたち、ほんとに結婚するんだよね?」 「もちろん。ずっと前から決まってたろ」  石垣に腰かけて、ぼくは笑った。ラーラの表情は晴れなかった。 「ねえ、クーリオ。正直にいってね。わたしのほかに、好きな人がいない?」  ぼくはどきりとしたが、動揺は顔には出さなかったと思う。 「いないよ。どうしてそう思うの?」  ラーラはじっと見つめて、首を振った。 「ううん、いいの。忘れて」  きっと、花嫁の憂鬱(マトリオーニモ・ブルー)というやつだろう。ぼくはそう考えていた。  ぼくはメラグラナータへ行った。きちんと断ろうと思ったのだ。店では働けない、きみとはもう会わない、と。  石壁に柘榴の実。いつも露店をやっていた場所に、きみはいなかった。貸店舗のほうかもしれない。  七竈(ソルボ)並木の通りで店を探した。看板でわかった。Spizeria(香味料屋) ALI L`OCA(鵞鳥のアーリ)。店は閉まっていた。ぼくは裏口に回ってノックした。  現れたシエッラは目を赤くして洟をすすっていた。 「ああ、クーリオ。あの子が警察につれてかれたの」 「なんですって」 「山の女の子を殺そうとしたって。イェはそんなことしないわ。あの子はやさしいし、相手だって引く手あまたなんだから。でも、警察はわたしの話なんてきいてくれなかった」 「大丈夫、イェは無実です。その時刻、ぼくは彼と一緒だった。証言してもいい」 「お願い。ここはあの子名義で契約したの。あの子がいなかったら、わたし一人でどうしたらいいか」  こんなに頼りないシエッラは初めてだ。この人も女性なのだ。 「任意でつれていかれただけなんですよね? ぼくがイェとりかえしてきます」  捜査上のことは話せない、とグラナータ署の警官は一点張りだった。ぼくは被害者の関係者だ、といっても同じだった。  もう夜だった。取調室から解放されたきみは眠たそうにした。 「来てくれたのか」 「シエッラが心配してる。疑いは晴れたんだろう?」 「おまえといたからな」  きみと過ごした瞬間を思った。二人を夜風が通り抜けた。きみが睨む。 「ラーラと結婚するんだって?」 「その予定だった。この事件で延期になったけど、年内にはすると思う。だから、きみにはもう……」 「その結婚は、やめたほうがいい」  きみは遮った。ぼくは語気を強めた。 「きみのいうことでも、きけない。ぼくは……」  指先がぼくの口を押えた。きみは首を振る。 「ラーラとヘルサとクーリオ、おまえたち三人はそっくりだよ。あの二人は、たぶん、おまえの姉だ」  いわれた意味がわからなかった。「何いってんの。ヘルサとラーラはセレーレおばさんの子で、ぼくの母はデメートラだよ」 「じゃあ、あの子らの父親は? ギガントマキアーに参加した棺桶に片足つっこんでるじいさんとかいうんじゃないぞ」  シスネロス姉妹の父親が誰かなんて、考えたこともなかった。ぼくら三人の水銀色の髪。オリントポスに大人の男は二人しかいなかった。ピーオでないとしたら……。 「まさか、そんな馬鹿な」 「おまえの父親だから、悪くいいたくなかったけど。ジョーヴェ・リッカルド・アキラーノの評判は最悪だ。おれたちを邪教徒呼ばわりして、尊大な態度をとって。市場のやつらは、みんな怒ってる。あいつは山で女をかこって性の奴隷にしてる異常者だ……って、そういううわさがあったんだ。五年前、おまえたちの顔を見て、確信したよ」  地震のようにめまいがした。「ぼくは、どうしたらいい?」 「まず、きちんと確かめてこい。事実を知っている人に」  きみはいった。裁きのように厳粛に。

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