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十哩(月にふれる)

 かぐや姫の唇は話すためにある。      ♂ うつむいて横浜駅の人波の潮騒をきくコクトーの耳      ♂  夏休みの週末を控えて、横浜駅は殺人的混雑だ。真夏日の続くなか、めずらしく午前中に雨のぱらついた涼しい日だから、なおさらかもしれない。黒のゴムシートで養生された東西自由通路に、数千人単位のカラフルな人間のブラウン運動。中央北改札をでたぼくは、方向感覚を失いかけた。西口ってどっちだっけ? ひなびた保土ヶ谷育ちのぼくは、この万年工事中の駅に来るたびおのぼりさんの気分を味わう。どうにか見当をつけて、西口方面の上り階段をめざす。  ご予約のCD二枚が届きました、と新星堂相鉄ジョイナス店から電話があったんだ。スピッツのニューアルバムと、サザンオールスターズの(おととしからロングセラーになってる)二〇周年記念ベストアルバム。スピッツは自分用で、サザンは父の誕生祝いだ。深夜のオリコンチャート番組を見て父が《いとしのエリー》を口ずさんだものだから、ぼくはうれしくなってしまった。歌うってことは、心が軽くなってるってことだ。うつ病が快方に向かってる証拠だ。ぼくは《いとしのエリー》じゃなくスピッツの最新シングル曲を鼻歌しつつ、上りエスカレーターでジョイナスの三階へ。  新星堂のカウンターでCDを受けとるまえに、クラシック売場を覗いた。商品棚にセキュリティケースいりのCDの背が数百。ことしはJ.S.バッハの没後二五〇周年(業界はアニヴァーサリーが好きだ)なので、バッハセクションに力がはいっていた。ゴールドと黄緑のモールと、手書きの蛍光色のポップアップ。まさか自分の曲が未来でポリカーボネートのディスクに焼かれて陳列されるとは、バッハは夢にも思わなかったろう。なんとなく愉快だった。ぼくはかがみこんで、CDの列から[10%OFF]の《フランス組曲》をひっぱった。 「おまえの体調管理がなってないんだろ」  棚のむこうから、がさつな男の声。思わず、ぼくはCDを押し戻した。 「しょうがないじゃない。いつなるかなんてわかんないんだから」  感情的な女の声が応じた。この棚のむこうは、ジャズ/フュージョン売場のはず。CLASSICって看板の隙から、ぼくは覗く。思いちがいじゃない。無造作ヘアの男は河合省磨だ。やつはうんざりってふうに頭を振る。 「またかよ。こないだもライヴ行きそこなったじゃん」 「自分ばっかり被害者づらしないでよ。痛いのはわたしなんだよ。もっと思いやりのあることいえないの」  つれのロングヘアの女は竹宮朋代だった。やつの目は涙で光ってた。ぼくはそこにしゃがんで、CDを吟味するふりをした。全身、耳だった。 「だから、おまえの体調管理が……」 「管理したって、なるもんはなるの。だから困ってんじゃん」 「じゃ、そこのベンチで休めよ。ちったぁマシんなんだろ」  河合が投げやりな感じでそういって、会話が切れた。ぼくは立ちあがった。険悪なカップルは新星堂のセキュリティゲート方面へ。チュールスカートの竹宮の足どりはふらふらしてた。      ♂ 月光の弱さで道を塗りつぶし君に迷子の自由をあげる      ♂  二人のことは気になったが、追いかけてゆくほどじゃなかった。買物のうきうき気分が殺がれてしまって、ぼくは本来の用事をすませることにした。中央カウンターで注文表の控えを示す。バンドマンみたいな茶髪のお兄さんが応対してくれた。左の耳たぶにピアスの穴が三つ。ぼくはたくさんの千円札と小銭でぴったり払った。SHINSEIDOと印字された袋を受けとって、ジョイナスの通路へでる。  下りエスカレーターは新星堂の目の前だ。エスカレーター付近に簡素なベンチ、休憩する中高年や親子づれ。そのベンチの一つに竹宮がいた。河合の姿はない。竹宮は片手で頭を押さえ、目をきつくつむってる。フロアは冷房で寒いほどなのに、その前髪は汗で貼りついてた。ぼくは竹宮の前を通りすぎた。と刻印されたプレートを踏んで、動くステップに乗った。それから、ぼくは下りエスカレーターを逆走した。 「竹宮」  学年一の美少女を面と向かって呼んだのは初めてだ。さん付けしたほうがよかったろうか? こちらを見やるアーモンドアイは澄んで、しかし虚ろだ。 「誰」  ショックだった。顔を忘れられてしまうほど、ぼくの印象は薄かったのかと思った。 「ごめんね。いま、目がよく見えないの」  目が見えない? どういうことかわからなかったが、そうとう重症そうだ。 「北浦だよ、一年のとき同じクラスだった。大丈夫なの。河合は?」  あゝ、と竹宮の唇がゆがんだ。そのかすかな侮蔑の色を、ぼくは見のがさなかった。声をかけたのを後悔した。でも、いまさら知らんぷりもできない。ぼくは繰りかえす。 「河合はどこ行ったのさ?」 「知らない。スパイク買うとかいってた」  具合の悪い彼女ほったらかしで買物? 理解できなかった。 「すごくつらそうだけど」 「頭いたいの」  竹宮は瞼をとざす。顔色が漂白パルプ一〇〇%の紙みたい。 「頭痛薬、買ってきてやろうか」 「持ってるの。でも、水がなくて」 「すぐ用意する。ちょっと待ってろ」  ぼくは駆けだした。フロアの端っこに自動販売機があったはずだ。人にぶつからないよう速度を抑える。人けのないトイレ付近に、コカ・コーラ社の赤い自販機。ぼくは一五〇円を投入し、天然水のボタンを押す。そのペットボトルを拾って、再びリレー選手のように駆ける。たったこの程度の手間を、どうして河合は惜しむんだろう。  雑貨屋の処分セールのワゴンが目に留まった。どれでも五〇〇円(ワンコイン)。温かそうなペンギン柄の膝かけ。ぼくはボトルを腋の下に挟んで、財布の中身を検めた。ちょうど買える。でも、帰りの電車とバスに乗れなくなる。迷ったが、ぼくはその膝かけのパッケージを手にとった。  会計のガングロメイクのお姉さんはにこにこしてた。 「プレゼント用ですか? お包みしますか」 「いえ。すぐ使うので、簡単で大丈夫です」  ぼくがそう答えると、お姉さんはけげんな顔。いえ、ぼくが使うわけじゃないんですって釈明したかったが、かえって怪しまれる気がした。ぼくはあさってのほうを向いて、清算を待った。      ♂  ペットボトルの蓋をあけて、竹宮に渡した。やつはバファリンの錠剤を含み、水を三回に分けて半分ほど飲んだ。反らした喉が、オリヴィア・ハッセーみたいにきれいだった。ぼくはパッケージを破って、ベイビーブルーのペンギン柄の膝かけを広げた。子猫のような触り心地。そいつを竹宮の脚にかけてやった。 「たぶん、冷やすとよくない」  竹宮は手で膝かけをたしかめた。 「ふーん。気が利くんだね」  その下に見るふうないいかたにカチンと来た。ぼくは黙ってボトルに蓋をし、竹宮からやや離れて座った。十五分もすればアスピリンが効いてくるだろう。そうしたら、とっとと帰ってしまおう。こんな思いあがった女と仲よくしたって、いいことなんかない。ぼくは腕時計を読んだ。 「ショーは絶対こういうことしてくれない」  竹宮は低い声でいった。ぼくは黙ってようかと思ったが、口をひらく。 「河合は誰にでもそうだから。竹宮のせいじゃない」  竹宮はアーモンドアイを大きくして、ゆっくりととじた。「そう」  金曜の午後の駅ビルはにぎやかだった。子供の奇声・男女の話し声・闊歩する靴音・エスカレーターの稼動音・有線の古い映画音楽。竹宮は耳を塞いでいた。全身をこわばらせて耐えている。息が荒い。ぼくはやたらと話しかけられず、ただ見守っていた。  竹宮が呻き声を漏らすようになった。呻きの間隔はだんだん短くなる。ぼくは時計を見た。おかしい、そろそろ十五分たつのに。 「痛い」竹宮が搾りだすようにいった。「変だな。薬、効かなくなっちゃったのかな」 「そんな」  痛い、痛い、と竹宮は繰りかえした。やつのなかで何かが破れてしまったようだった。どうしたらいいのかわからなかった。 「救急車、呼ぼうか?」  竹宮はかぶりを振った。「呼んでも無駄。ただの偏頭痛だから。死んだりしないし」  そういわれても、竹宮が死んでしまいそうでこわかった。ぼくはやつの頭に手を伸ばした。艶つやの黒髪を、おそるおそる撫でた。とっさに反応できないほど痛みが激しいんだろう。竹宮は絡繰人形のようにぎこちなくぼくを見た。 「撫でたら、痛い?」  竹宮は黙ってぼくの手をとった。あんがい強い力。払われるのかと思ったら、やや左にずらされた。 「そこ、押さえてて。少し楽になる」 「わかった」 「ありがとう」  竹宮は初めて礼をいった。ぼくは軽く力をこめた。  横になりたい、と竹宮がいいだした。ベンチはケツ三つぶんの長さしかない。立とうとしたぼくの膝を、竹宮がつかんだ。腿に乗っかる頭は中玉の西瓜ほどの軽さ。ぼくは焦った。痛い、痛い、と呻く相手を押しのけるわけにいかない。ぼくは手をやつの頭に乗せなおした。女の汗のにおいの甘さ。竹宮の乱れた髪の毛に、悲鳴に、胸苦しさをおぼえる。ぼくは正面のリラクゼーションサロンの料金表を読んだ。。ぼくは何をやってるんだろう?  痛い、という悲鳴を何度きいたかわからない。ときおり、竹宮はぼくの膝を強く握りしめた。痛みを伝えようとするふうに。ぼくは石に擬態するように動かずにいた。ジーンズの膝裏に汗をかいていた。  竹宮は次第におとなしくなり、やがて動かなくなった。薬のせいで眠くなったか、それとも気絶したのかもしれなかった。有線でニーノ・ロータ《What is a Youth》が流れた。ぼくは眠る女を見おろした。いつも遠くから眺めていた、高貴さをおぼえる横顔。ふれることなんて考えもしなかった、ミルク色のうすい薄いガラスを何層も重ねたような頬。ふっと気が遠のく感じがした。  かぐや姫オトせたら、おれに教えろよな。  いつか芝賢治がそういった。ありえない。でも、もしこの子にキスしたら、どんな感じがするだろう。  竹宮の瞼がひらいた。濡れた鉱石のような目が、ぼくを見つけた。その暗い瞳孔を、夜の水のように深く感じた。視線から何かが通いあう。ぼくはこの子を特別に思ってる。それをこの子は知っている。たった今、知れたのだ。無性に、そんな気がした。  ケータイの着メロに、ぼくはビクッとした。ちょっとまえに流行った、ポルノグラフィティのデビューシングル曲。竹宮はぼんやりした表情で、のろのろとビーズ刺繍のポシェットをひらく。ケータイを手にした途端、チープな和音は途切れた。竹宮は嫌そうな顔。 「ショーだ。何よ、いまさら」  竹宮はケータイをポシェットに放りこんだ。ぼくの心臓はジョギングのあとみたいにせわしかったが、平静を装う。 「もう平気なの?」  竹宮はうつむいて髪を手櫛で整える。「まだ痛いけど、山は越したみたい」 「そう、よかった。なら、おれ帰るわ」  できれば薄情な彼氏と顔を合わせたくない。ぼくは立ちあがった。が、ベンチに尻もちをついた。右脚が痺れた。竹宮の頭のせいだ。ぼくは太腿をさする。 「かっこわるーい」  竹宮が笑った。ムッとした。 「おまえの頭、重いんだもん」  竹宮はつんと横を向いた。「とかオタウラにいわれたくない」 「なんだ、タウラって」 「オタクっぽいからオタウラ。そんなのもわかんないの。終わってる」 「おまえっ、恩知らずにもほどがあんだろ」  竹宮は腕を組んだ。「助けてなんて誰もいってないでしょ。わたしを介抱したとか、まわりにいいふらさないでよね。知りあいだと思われたくないから」  このやろう。ぼくは一呼吸おいた。「おまえ、かわいそうだな」 「何がよ」 「性格ブスは顔にでるからな。今は若いからまだいいけどな、あと二十年もしてみろ、だんだん崩れて、すげえ顔んなるぞ。もとがキレイだと、より悲惨だぞ。厚化粧じゃごまかし利かないからな。うわー、かわいそー」 「今から可哀相な顔の人がいう?」  このくらいじゃやつは全然めげないようだった。ぼくはたたみかける。 「ふーんだ。おれはメッチャクチャ性格いいもんね。齢とったら、もっと味のあるいい顔になるもんね。あー、楽しみ。そっちこそ、変な思いちがいしないでくれる。おれ、竹宮だから助けたわけじゃないからね。人にやさしく、ってのがおれのモットーなんで。それをイチイチ人にいいふらすなんてカッコ悪いことしませんから。ま、どうせ性格ドブスちゃんには理解できないだろうけど」  むかつく~、と竹宮は地団駄を踏んだ。高貴なかぐや姫のイメージが崩れて、とても普通の女の子だと思えた。ぼくはちょっぴり笑った。この子に思いが知れたと感じたのは、気のせいだったのかもしれない。  竹宮の表情が急に消えた。そこに河合がKAMOのビニール袋を提げて立っていた。積乱雲のような不機嫌の気配。いつから見てたんだろう。こうなるまえに退散したかったのに。いまさら慌ててもしょうがない。床に落ちた膝かけを、ぼくは拾ってたたんだ。竹宮は氷みたいな目で河合を睨んでる。このカップルの修羅場につきあう気にはなれなかった。ぼくは無関係な小市民Aにすぎない。ぼくは膝かけを竹宮に押しつけた。 「それ、やるから」 「いらないよ」 「おれはもっといらないから。こんなカワイイ柄」  竹宮はいいかえさなかった。ぼくは右脚をひきずって歩きだした。 「おまえ、なんのつもりだ」  河合がぼくにいった。その静かな一言が、竹宮の全体重よりも重かった。ぼくは気おされつつもいう。 「おまえが面倒みてやんないから悪いんだろ」  河合の目から今までにない圧力を感じた。それを五秒間どうにか受けとめてから、ぼくはエスカレーターのステップを踏んだ。おっかない。      ♂ 太陽にむかって一枚きりの舌ちゃちなナイフのように尖った      ♂  水のペットボトルを握りしめ、ぼくは保土ヶ谷方面へバス停(横浜駅西口・鶴屋町(つるやちょう)三丁目・楠町(くすのきちょう)……)をたどった。水を飲む瞬間の、竹宮の美しい喉を浮かべていた。このボトルに口をつければ、あの子との間接キスが成立する。環状一号線の歩道で、ぼくはボトルを見つめて佇んだ。ぼくが竹宮と深い仲になるなんてこと、ありえない。きっと、さっきが最接近距離だった。なぜか泣きたいような感じがして、悔しかった。ぼくは竹宮を特別に思っている。恋なのかはわからなかった。  口をつけずに、ボトルを永久保存しようか。これを見るたびに、あの子との最接近を思いだせる。でも、そんなのは苦しいだけだ。  思い出なんて、捨ててしまえ。ぼくは蓋をあけ、口をつけた。唇から尿道まで痺れる気がした。ぬるまった水が喉をくだって、体内に染みとおった。わずかに混ざった竹宮の唾液も。ぼくは下唇を咬んで、空のボトルを自販機脇のごみ箱に突っこんだ。  両手があいてることに気づいた。スピッツとサザンのCDがない。  来た道を、ぼくは全速力で駆けもどった。  ジョイナス三階のベンチには、何もなかった。ベンチの下にも後ろにも、やっぱりない。一縷の望みを託して、新星堂のカウンターを訪れた。 「さっき買ったCD、このへんで落としちゃったんです。もしかして届いてないですか」  バンドマン風のお兄さんは他のスタッフに確認してくれた。 「残念ですけど、そういったものは伺ってないですね。もう一度、ご注文なさいますか?」  心が折れてしまって、ぼくは再注文を断った。店の外で、顔を手で覆ってため息をつく。父にどう説明しよう。      ♂ なおサザンオールスターズくちずさみ夏の終りに齢をとる父      ♂  小雨ににじむガラス、晩夏の緑は猛だけしいほど濃い。ぼくは窓際の席で頬づえ。新学期初日の朝、みんなが登校してきて、教室の音の密度が徐々に増してゆく。ほんの一ヶ月ちょいの休みだったのに、すごく懐かしい感じがした。  朝の学活の一〇分まえには、二年F組のメインメンバーはあらかたそろってた。河合省磨のがさつな声も、菊池雪央のあどけない声もした。ぼくの後ろの席の問題児・矢嶋健だけが出遅れていた。あいつのことだから、休み中にモデルチェンジした髪型を印象づけるために、わざと遅刻してくる気かもしれない。  ぼくはロッカー寄りの戸口をうかがった。ちょうど現れた背の高い人影に、ドキッとした。矢嶋じゃなく、竹宮朋代だ。やつはまっすぐぼくへ向かってくる。ロッカーのまえでプロレスごっこしてた(くろがね)創太(そうた)新塚(にいづか)英介(えいすけ)が、あわてて姫に道をあけた。ぼくの机の横に佇む学年一の美少女。ぼくはまぬけな顔をしてたと思う。竹宮が突きだすビニール袋、SHINSEIDOのロゴがはいってた。 「ドジだね。これ、あんたのでしょ?」  竹宮の表情は凜として、いつも以上に美しかった。ぼくは喉がつかえてしまって、黙って袋を受けとった。テープを剝がして、CDを検める。スピッツ《ハヤブサ》と、サザンオールスターズ《海のYeah!!》。まちがいない、ぼくのものだ。CDを失くしたことを父は怒りはしなかったけど、内心がっかりしていたのはわかってた。うれしかった。ぼくはようやく口が利けるようになった。 「ありがとう。戻ってこないと思ってた」 「べつにありがたがんなくていいよ。用事のついでに持ってきてあげただけだから」  竹宮は背を向けた。その長い黒髪が艶つやと揺れた。  お気にいりの音羽カンナとしゃべってた河合は、ガールフレンドの接近に気づいて顔のゆるみをとりつくろった。彼氏が釈明するまを与えず、竹宮は予備動作なしに腕を振った。ピシッ、小気味よい音が鳴った。河合は頬を押さえた。竹宮はかたわらの音羽に顎をしゃくった。 「あんたには、その程度の女がお似あいよ」  音羽は顔を真っ赤にした。何いってんの、バカじゃねえの、意味わかんねえし、と河合は喚いて怒りを装ったが、動揺が明らかだった。  竹宮は澄まして東京コレクションモデルのように出口へ歩きだした。凍っていたクラス一同が、満杯の餌箱に群がる小鳥みたく(さえず)った。きょうの終りまでに学校じゅうに知れわたることだろう。かぐや姫に河合がふられた。ざまあみろだ。  廊下へでようとして竹宮は、誰かとぶつかった。相手はクラス一のマッチョメン・矢嶋だ。バランスを崩した竹宮の肩を、矢嶋が支えた。矢嶋が何かいう。竹宮は急にじたばたして、駆けていってしまった。ド派手な不良とのニアミスに焦ったのだろうか。  スキッパーシャツの矢嶋は教室の妙な騒がしさに途惑い気味。ぼくの予想どおり、矢嶋のグリーンの髪はツイストパーマがかかってたけど、いまさら誰も気にしないだろう。やつはぼくの後ろの席につきながらいう。 「もしかして、おれ、来るのが遅かった?」      ♂ 曇天に光るタンポよ四番のリードを嚙んで突っぱねる恋

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