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四十六哩(かぐや姫のうしろ髪)

 かぐや姫を月世界へ。      ♂  梅雨晴れの午後、ぼくは竹宮朋代を呼びだした。宿場通りの喫茶店アルキバ。ここは時計がない。時間を気にせずくつるげるようにとのマスターの気づかいらしかったが、かえって時間が気になって懐中時計ばかり見てしまった。  ぼくは右耳にイヤホンを嵌めた。ラヴェル《亡き王女のためのパヴァーヌ》、モニク・アースの弾くこの曲は約七分だった。  曲が終わるまえに、竹宮がアルミの松葉杖を壁に立てかけた。 「治ってきたみたいで、ギブスの下がすごく痒いんだ。クラフト用ドリルで穴あけて、耳かきで掻いちゃった」 「何もきかないで、おれと別れて」  ぼくは単刀直入にいった。竹宮の表情が消えた。 「なんで」 「何もきかないでっていったよね」 「それじゃ納得できない。わたしが警察行こうっていったから? そんなにいやなら、行かなくてもいいよ。わたしも提訴しないし。それでいいんだよね」  ぼくは首を振った。「もう、おれからは連絡しないし、そっちもしないでほしい」  竹宮は唇を結んだ。怒っている。ぼくはつらくなって、言葉を継いだ。 「いつか、いおうと思ってた。竹宮ってさ、おれの母さんに似てたんだ。でも、つきあってみたら、ぜんぜん似てなかった。いい意味でいってんだよ。おれと母さん、仲よくなかったから。竹宮といられて、おれは楽しかった」 「楽しかったなら、なんでよ」  澄みきったアーモンドアイに、ぷつりぷつりと涙が湧いてきた。 「いえない理由なの?」 「理由が必要なの?」  竹宮が悪いんじゃなかった。ぼくが悪いのでもなかった。ただ、ぼくのそばにいたら、竹宮に危険が及ぶ。たとえスポットライトは浴びられなくても、この子にひだまりのなかできれいに笑っていてほしかった。 「じゃあ、いうね。おれ、ゲイだと思う」  竹宮は目を見ひらいた。 「だからもう、竹宮とそういうことができない。竹宮のせいじゃないんだ。別れてほしい」 「ずっと友達枠だっていったじゃない」  竹宮は隠さず泣いた。矢嶋健にふられたときだって気丈に泣かなかったのに。この気の強い女の子が、愛おしかった。竹宮が涙でにじんだ。 「ごめん。でも、もう会わない。さようなら」  さようなら、かぐや姫。ぼくはデカフェを飲みほして、千円札を置いた。      ♂ 闇色のマザーテレサの目がぼくの中途半端なやさしさを撃つ

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