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四十九哩(ネヴァーランドを燃やしに)

 カーセックスしようぜ、と芝安吾はいった。呼びだされたのは、横浜ビジネスパークの地下駐車場だった。指定された場所で待ちながら、ぼくは足の震えを覚えた。口んなかが乾いて、心臓が不穏に高鳴る。ぼくは懐中時計のゼンマイをきりりと巻いた。  約束の時間に、やつらの黒の日産キャラバンは大幅に遅刻してきた。スライドドアがひらいて、芝安吾と馬場累と熊谷(あつし)が笑う。 「おら、乗れよ。かわいがってやっからよ」  ぼくは近づいて、いきなりスタンガンを押し当てた。改造済み、一〇〇万ボルト。ルイは声もあげずに倒れた。クマは何が起きたかわかってない。シバゴがスライドドアをしめようとする。ぼくは体で阻んだ。  ぼくの後ろで、日産キューブの後部ドアがあいた。目黒秀気が金属バットを、白鳥雄飛が特殊警棒を振った。キャラバンのドアをこじあけて、カーゴルームで大暴れする。キャラバンが発進しそうになる。ぼくはキャラバンをおりて前へ回った。運転手の牛込徳郎はパニクった顔。降りろ! とぼくは吠えた。ゴメスは従わない。百瀬新がやってきて、特殊警棒をふるった。フロントガラスに小さな蜘蛛の巣のように亀裂がいくつもできる。百瀬はへらへらと笑う。 「いっぺんやってみたかったんすよ、こういうの」  運転席から飛びだしたゴメスの襟をつかんで、ぼくはスタンガンを当てた。ゴメスは白目を剝いて、膝をついた。      ♂ ガラス質のハートの罅に染みそうな海を探しにゆく物語      ♂  フロントガラスは完全に砕いた。風の当たる運転席で、千葉透徹は言葉少なだった。 「これ、ケーサツに止められるんちゃうか」 「そんときは、そんときだよ」  ぼくは助手席でいった。カーゴルームで、殴打痕痛いたしいシバゴたちテリブルフォーは結束バンドで手足を拘束され折り重なってる。黒革の拘束具や大小の張型を手にとって、百瀬はうれしそうにしてる。目黒はあきれ顔。 「こんなもんで、キ印に何する気だったの。あんたら、ホモかよ。キんモっ」 「おれはホモじゃない。こいつらにつきあわされただけなんだよ」  クマが喚いた。雄飛が冷笑する。 「女に相手にされねえから、なんでもよかったんっしょ」  やつらのポケットから、百瀬がケータイを没収する。ぼくは千葉にいう。 「帷子川んとこでいったん止まって」  天王橋で、千葉は路肩に停めた。ぼくは四台のケータイをターコイズグリーンの川へ放り投げた。アデュー。 「カットモデルの連絡先が……」  ぼくが助手席に戻ると、ゴメスがつぶやいた。千葉がいう。 「そういうのんはな、にいちゃん、自業自得いうんやで」 「まだビデオがあるぞ。おれにこんなことして、タダですむと思ってんのか」  シバゴがほざいた。パァンッ、と一発クラクション。千葉のドスの利いた巻き舌。 「われぇ、ガキぃ、大阪湾に沈めるど」  シバゴは黙った。目黒がぼくにささやく。 「このおっさん、何者」  ぼくは苦笑した。元不良少年で、今はただの不良中年だった。ぼくはゴメスにいう。 「あんた、こいつんち知ってるよね?」 「知ってるけど」 「あんたのビデオも処分するっていったら、教えてくれる?」  ゴメスの目の色が変わった。シバゴの低い声。 「ゴメス」 「浅間町(せんげんちょう)車庫前(しゃこまえ)のアパート」 「ゴメスっ」  シバゴがゴメスに頭突きした。ゴメスは頭突きしかえした。 「おれはてめえの粗チンの世話なんざうんざりなんだよっ」 「暴れんじゃねえっ。(おめ)えだろが」  ルイが騒いだ。内輪揉めする連中を載せて、キャラバンは浅間町へ出発した。梅雨晴れの蒸し暑い風は、それでも男九人すし詰めの車内よりは爽やかだった。      ♂  西区の市営バス営業所付近、環状一号線沿いの安アパート二階、シバゴの汚部屋。四人組の見張りは目黒と雄飛に任せて、ぼくと百瀬で家探しした。ビデオは十数本あった。ぼくは再生してみた。陰惨なレイプ動画。被害者は男も女もいた。百瀬は薄目で見てた。 「常習っすね。警察にひき渡したほうがいい気もしますけどね」 「おれらも捕まるぞ。それにゴメス以外は十九歳だから、たいした罰は受けない」 「あいつら、どうすんすか」  ぼくは黙ってた。  六本目で、ぼくのビデオを見つけた。ベッドのうえで裸で拘束具をつけられたぼく。ぼくは顔をしかめて、再生を止めた。百瀬がいう。 「すいません、ちょっと興奮しちゃった」 「奴隷契約、切るぞ」  ぼくはさらに他のビデオも再生した。ゴメスのビデオも見つけなければいけなかった。  ブラウン管に映ったのは、芝賢治だった。ぼくは目を瞠った。 「あ、この先輩、見おぼえある」  百瀬がつぶやいた。どこかのガレージ。テリブルフォーと暴走族のメンバーだろう、半裸や全裸の連中が芝賢治を押さえこんで、犯していた。やつらは笑いながら、泣き喚く芝賢治を物みたいにあつかった。バカという尻の瘢痕、煙水晶の目の絶望。とても全部は見られなくて、再生を止めた。  絶対に許さねえ。      ♂ 花びらのひとつ一つに花の血はかよいうつくしすぎる惨劇      ♂  人けのない海辺へ行きたい、と千葉に頼んだ。フロントガラスのないキャラバンは、山下公園通りを快走した。千葉がいう。 「サザンでもかかってたらええのに」  ぼくはカーステレオに収まっていたMDを再生した。耳障りなレゲエ。すぐ止めた。ラジオをつけた。FM横浜のやたらハイテンションなDJ。やっぱり消した。ぼくは口笛を吹いた。サザンオールスターズのデビュー曲。千葉が歌って、目黒が合いの手をいれた。千葉が目黒にいう。 「にいちゃん、ノリええな」 「ノリがすべてみたいな人生なんで」 「いえてる」  雄飛がうなずいた。たしかに、ぼくらの人生からノリをとったら、何も残らない気がした。最高でも最低でも、ぼくの人生なんてたかが知れてるのだ。  本牧(ほんもく)埠頭は、横浜港最大級のコンテナターミナルだ。A・B・C・Dの四つの櫛型の突堤、遠景に横浜ベイブリッジ。キャラバンはD突堤のコンテナ群の狭間で停まった。目黒たちが四人組を外へ引きずりだす。ぼくは手伝おうと助手席のドアをあけた。千葉も降りようとするので、ぼくはシャツの袖をひいて止めた。 「あんたは見ないほうがいいよ」  千葉はぼくをじっと見つめて、あきらめたようにため息をついた。ドアをしめて運転席に留まった。  テリブルフォーの四人は等間隔にアスファルトに寝かされた。ぼくはシバゴの前にしゃがんだ。シバゴは睨んだ。ぼくはいう。 「ハンムラビ法典の有名な文言を述べよ」 「は?」 「目には目を、だよ」  ぼくは催涙スプレーを噴射した。中二のとき、七味唐辛子を目にかけられた恨みは忘れてなかった。シバゴは涙と洟を流して、派手にむせこんだ。両隣のルイとクマも軽くむせる。風下の雄飛と百瀬も逃げだした。百瀬がいう。 「おれも目ぇ痛いっす」 「悪い。こんなにすごいと思わなくて」  ぼくはルイとクマにも噴射した。三人ぶんの咳の音。ゴメスは泣きそうな目でぼくを見あげた。ぼくはやつの髪をつかんだ。 「あんたは一応世話焼いてくれたし、スプレーは勘弁してやるよ」  ゴメスの横っ面を、ぼくは思いっきり張った。  目黒がクマの背中に跨った。おにぎり頭にバリカンを当てる。ヸヸヸヸヸヸヸヸヸィー……! クマは髭までつるつるにされた。相変わらず鮮やかな手際。五分と経たず、坊主頭の芋虫四匹が完成した。目黒はいう。 「で、どうする。海に叩きこんで帰るか」  百瀬がいう。「溺れ死にませんか」 「死んで困るのかよ」  雄飛がいう。「海に叩きこむのに一票」 「まあ、それでもいいんですけどね、こいつらにも母親がいるんですよ」  ぼくはいった。シバゴの母親は、芝賢治の母親でもあった。霊安室からの絶叫のような泣き声は、今でも耳から離れなかった。息子を二人とも失ったら、あまりにも気の毒だ。どんなにひどい息子だったとしてもだ。  やつらが持ってきた大小の張型、ぼくは一番でかいやつを手にした。ルイのジーンズをずりおろして、いきなりケツに突っこんだ。ぎゃああああああ、とルイはきき苦しい悲鳴をあげた。二番目にでかいやつをクマに、三番目のやつをゴメスに突っこんだ。やつらは尻を丸だしでのたうちまわった。  ぼくは口笛を吹いた。モーツァルト《魔笛》の《夜の女王のアリア》。世界でも指折りのコロラトゥーラしか歌えない歌。シバゴのジーンズをずりおろす。ポケットに硬い何か。ステンレスのスキットルだ。蓋をあけると、ブランデーの芳しい香り。ぼくはシバゴにいう。 「どうしたらおまえが反省するか、ずっと考えてたんだ。でも、おまえはどうせ反省しないし、同じことをまたやる。おまえはどこへ行っても同じだよ。初めから地獄にいるんだ。おまえ自身が地獄そのものなんだよ。おまえには理解できないんだろうけど」  シバゴは充血しきった目をしばたたかせている。ぼくはシバゴの下着の尻にブランデーをゆっくりとすべてかけた。ぼくは目黒に掌を向けた。 「火ぃください」  目黒は黙って赤マルを咥えて、マッチで火をつけた。桃の絵の箱をよこす。。ぼくはマッチを擦って、蜜柑色の火を濡れた尻へ放り投げた。フランベ。  あついっ、熱いっ、とシバゴは絶叫し、アスファルトを転げまわった。鬼灯(ほおずき)色の炎を、ぼくはうつくしいと思った。アルコール分はまもなく燃え尽き、焼けただれた化学繊維と尻が残った。シバゴは幼子みたいに泣いていた。ぼくはいう。 「次、おれのまえに現れたら、こんどは顔を焼くから」  雄飛がアーミーナイフでやつらの結束バンドを切った。立ち去りかけて、ぼくは振りかえる。 「あ、そうだ。おれ、HIV陽性だったから、あんたらも病院行ったほうがいいよ」      ♂ 殺人者ピーター・パンにOne Size Fits Allの少年法は      ♂  ぼくらはキャラバンに乗りこんだ。千葉は黙って車をだす。全面開放のフロントから、夕風が吹きこんだ。薄暗い車内を沈黙が支配していた。百瀬が泣きそうな顔してる。 「ウラ先輩、エイズになっちゃったんすか」 「噓だよ。陽性だったのは梅毒だよ。ペニシリン飲みゃ治る」  ぼくはにやりと笑った。あの四人組へのお灸は、このくらいしなくちゃ。百瀬もほっとしたふうに笑った。ぼくはいう。 「おれが主犯で、みんなは無理やり手伝わされたんだっていえばいいから。とくに千葉さんは、おれに脅されたっていっていいからね」  あの四人が警察を頼るかどうか、五分五分だった。頼った場合、ぼくらは凶器準備集合罪・誘拐監禁罪・傷害罪に問われるだろう。ぼくには千葉への脅迫罪も上乗せだ。 「頭のおかしいやつが、おかしいことしたって世間は思うだけだから。べつに気にしなくて大丈夫」  目黒がいう。「おれはおれの意思でやったんだよ」 「まあ、お父ちゃんは人助けしたんやいえば、うちの嫁はんと小娘は納得してくれはる思うで」  百瀬が笑う。「ヒーローごっこ楽しかったっす」 「負けたやつは文句いわない、逆らわない。そういう約束だったよな。おまえだけ、かかかかっこつけんじゃねえよ」  雄飛が締めくくった。鼻の奥がつんとして、ぼくは目をごしごしこすった。ぼくの坊主頭を、千葉の手がくりくりと撫でた。      ♂ パーフェクトなら生きる意味ないんだよ僕らは未完成な回答

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