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番外編5 メイド服騒動 / 上(ニア視点) *R-18

   ふんわりと膨らんだスカートを両手で握り締めたまま、ニアはわなわなと小さく震えていた。いつもズボンに覆われている両足には薄い白タイツがまとわりついているし、太腿にはガーターベルトが巻き付いていて、その得(え)も言われぬ締め付けに妙にそわそわとした気持ちになる。  顔を真っ赤にして羞恥に耐えるニアの前には、私室のソファに座ってこちらを眺めているフィルバートの姿があった。長い足を組んで、太腿の上で頬杖をついている。その緩んだ眼差しは、立ち尽くすニアへとまっすぐ向けられていた。 「もう、いいですか」  うつむいたまま、絞り出すように声を漏らす。潤んだ瞳でチラッと一瞥すると、フィルバートは「ん?」と小さく声を漏らして首を傾げた。 「もういい、とは?」  オウム返しに訊ねてくるところが本当に意地が悪い。そうやって、ニアが恥ずかしがる様子を楽しんでいるのだろう。  ニアは恨みがましい眼差しでフィルバートを見やると、掠れた声を漏らした。 「約束どおり、着たじゃないですか」  訴えかけるように言うが、フィルバートは穏やかな笑みをたたえたまま何も応えてはくれない。その反応に、ニアは薄く下唇を噛み締めた。  こんな目にあっているのも全部酒のせいだ、と苦々しい気持ちで思う。ニアの方はまったく記憶に残っていないが、先日フィルバートとともに初めて酒を飲んだときに『フィルバートが用意した服を着る』などという頭のおかしい約束を交わしてしまったらしい。 『そんな約束は覚えていないです』『絶対に着たくないです』『こんなの似合うわけがない』と散々抵抗したが、フィルバートは頑として引かなかった。それどころか『約束を反故(ほご)にするのか』『俺の頼みを聞いてくれないのか?』『似合う似合わないじゃなくて、お前が着ているのが見たいんだ』などと切々と訴えかけてきた。  こういうときにフィルバートが己の意思を曲げないことは、今までの付き合いから重々承知していた。そしてフィルバートが目的を果たすまでは、この不毛なやり取りが何百回でも繰り返されるだろうことも容易に想像できた。  だから、仕方なく『一度だけですからね! 二度目はないですからね!』と念押しして、こんな服を着る羽目になったのだ。こんなーーメイド服を。  城で働くメイドたちが着ているメイド服は割とシンプルなデザインだが、ニアが着ているメイド服は特注なのか、やたらと乙女チックなフリルやリボンが所々にあしらわれていた。クラシカルなロング丈の黒ワンピースの上にはフリル満載な白エプロンが重ねられており、頭にも花の刺繍があしらわれたヘッドドレスがつけられている。  自分の滑稽な姿を思い浮かべる度に、ニアは今すぐ服を毟り取りたい衝動に駆られた。こんなの全裸の方がよっぽどマシだ。なぜそこそこガタイのいい成人男性が、こんな女装なんてしなくてはならないのか。主君の命令だとしても、あまりにも情けなさ過ぎるし、人間の尊厳というものがガラガラと崩れ落ちていっているのを感じる。  ニアがスカートをギュッと握ったまま小刻みに震えていると、フィルバートは至極柔らかな声を漏らした。 「ニア、こっちに来い」  片手を差し伸ばしてくるフィルバートを見て、ニアは一瞬くしゃりと顔を歪めた。そのまま黙るが、フィルバートが手を下ろす気配はない。まっすぐこちらを見つめてくる眼差しに根負けして、ニアはおずおずと躊躇いが滲んだ足取りでフィルバートへと近付いた。  手が触れる距離になると、フィルバートはニアのエプロンを掴んだ。まるで繋ぎ止めるように裾を握ったまま、下から上へと舐めるような眼差しでニアの姿を見つめてくる。その無遠慮な視線に、ニアはカッと顔が熱くなるのを感じた。  フィルバートは満足そうにうなずくと、ひどく嬉しそうな声で呟いた。 「よく似合っているな」 「今すぐ医者に目か頭を見てもらってください」  恥ずかしさのあまり早口で言い返すと、フィルバートは咽喉の奥で小さく笑い声を漏らした。背筋がぞわりと戦慄くような、隠微な笑い声だ。 「俺が似合っていると言っているんだ」  聞き分けの悪い子供に言い聞かせるような声音だった。そのままフィルバートの手が、エプロンからスカートへと下ろされる。ゆっくりとスカートがたくし上げられるの見て、とっさにニアはフィルバートの手首を掴んだ。途端、フィルバートが片目をすがめる。 「ニア」  言外に『手を離せ』と命じる声音だ。だが、ニアは動けなかった。膝までたくし上げられたスカートの内側に、すぅっと冷たい空気が入り込んでくる。空気は冷たいはずなのに、皮膚がじわじわと熱を帯びていくのを感じて、顔面が余計に紅潮した。  ニアが顔を赤くしたまま黙り込んでいると、フィルバートは打って変わって猫撫で声で囁いてきた。 「俺に暴(あば)かれるのと、自分でさらけ出すのと、どちらが望みだ?」  優しく訊ねてくる声に、ニアはひくりと咽喉を上下させた。こうやってフィルバートは、いつもニアを崖っぷちまで追い詰めて逃げ道を奪っていく。 「あなたって、本当にーー悪趣味です」  掴んでいたフィルバートの手を離しながら、半泣きな声で呟く。すると、フィルバートはゆったりと笑みを深めた。 「そうだな。悪趣味だ」  平然と同意を返した後、フィルバートは満ち足りた声音で続けた。 「恥ずかしがっているお前の顔を見ていると、堪らなくなる」  言葉の卑猥さに反して、その声音はひどく幸せそうだった。グッと胸が詰まるのを感じながらも、ニアはか細い声で呟いた。 「俺は……恥ずかしくて死にそうです……」  涙声でそう囁くと、フィルバートはまるで誕生日プレゼントを貰った子供みたいに無邪気な笑みを浮かべた。だが、すぐさまその笑顔に仄暗いものが滲む。 「これから、もっと恥ずかしいことをするのにか?」  そう訊ねながら、フィルバートがニアのスカートをめくり上げていく。下半身があらわになっていくのを感じて、ニアはとっさに目を固く閉じた。スカートが腰近くまでたくし上げられたのが、皮膚に触れる空気で判る。わずかな沈黙の後、ふっ、とフィルバートが息を吐くように笑うのが聞こえた。 「ちゃんと履いてくれたのか」  独りごちるようなフィルバートの声に、全身が更に燃えるように熱くなる。体温が一気に上昇したせいで、皮膚にプツプツと鳥肌が立つのを感じた。  目を閉じていても解る。フィルバートが今見ているのは、繊細なレースで飾られたシルク製の白い下着だ。形やデザインは完全に女性用の下着で、多少大きめには作られているが股間のモノを収めるにはギリギリのサイズだった。下着から色んなモノがはみ出していないだろうかと想像するだけで、ニアはもう泣き出しそうだった。 「フィル様が、用意したんじゃないですかぁ……」  用意されたものを履かない、という選択肢は自分の中になかった。一度やると口に出したのであれば意地でもやりきってしまう自分の生真面目さが、今は最高にうとましい。それ以上に、ニアのそんな性格を知っていて、下着まで周到に用意したフィルバートがひどく憎たらしかった。  か細い声でなじるニアを見ると、フィルバートはどうしてだか嬉しそうに頬を緩めた。 「ああ、俺が用意した。黒にするか悩んだんだが、白にして良かったな。お前の肌によく似合っている」  何をほくほくと満足げに感想を言っているんだ、とツッコミたくなる。  目を閉じたまま、ヴゥぅう、とニアが鈍いうなり声を漏らしていると、不意に下着に柔らかいものが触れるのを感じた。 「ぅ、ぁっ!?」  その感触に目を見開いて視線を落とすと、チュッと軽いリップ音を立てながら、フィルバートが下着に何度も唇を押し付けているのが見えた。その光景に、一気に頭が逆上(のぼ)せていく。 「ぃ、ゃっ、やめてくださいっ!」  引き攣った声をあげながら、とっさに後ずさろうとする。だが、その前にスカートをたくし上げたフィルバートの両手が、ニアの腰骨を鷲掴んできた。ググッと強引に引き寄せられて、腰を引くこともできなくなる。  ニアが顔をくしゃくしゃに歪めていると、フィルバートがこちらを見上げてきた。 「逃げるな」  静かに命じる声に、下腹がひくりと震える。折れそうになる膝を必死に立たせていると、再びフィルバートの唇が下着に押し付けられた。柔らかな唇が、まるでなぞるように下着に滑らされる。唇で性器をたどるくすぐったい感触に、下腹がぢんと痺れて背中が丸まった。 「ゃ、っ、や……っ」  言葉を知らない子供みたいな声が漏れる。下唇を噛み締めた瞬間、ぺちゃりと音を立てて下着に生温かいものが這わされた。目を見開くと、下着にゆっくりと舌を這わしているフィルバートの姿が見えた。 「ゃ、やめっ……ッ!」  拒絶の声を上げた瞬間、じゅうっと音を立てて下着越しに陰茎を吸われた。その快感に、ガクガクと膝が震える。 「ニア、しっかり立っていろ」  腰骨を掴み直しながら、フィルバートがぴしゃりと言い放つ。その言葉に、ニアは必死に震える膝に力を込めた。直後、再び下着の上から性器に舌が這わされ始めた。ぺちゃぺちゃとわざと音を立てて薄い布越しに陰茎を舐め上げてくる舌の感触に、腹の奥が熱くなっていく。 「な、舐めないでっ……くださ、ぃ……」  涙声で訴えかけると、フィルバートはかすかに笑みを浮かべた。 「お前は、いつもそう言って舐めさせてくれないじゃないか」  拗ねた声音でそう返されて、ニアはくしゃりと顔を歪めた。 「だって……フィル様に、そんなもの……」  主君に自分の性器を舐めさせるなんて、あまりにも恐れ多すぎる。それにフィルバートの形の整った唇に自分の陰茎が入っている様なんか、恥ずかしすぎて直視できるわけがなかった。だから、いつもフィルバートに口淫をされそうになると、ニアは全力で抵抗して止めてきたのだ。 「お……おれが、口で、しますから……」  代わりのようにそう懇願すると、フィルバートは不機嫌そうに眉を寄せた。 「お前が口でさせないのなら、俺も断る」  これもいつもの返答だ。こうやってお互いに拒否し続けるものだから、性交の回数に比べて口淫の回数はひどく少ない。だからこそ今、下着越しに触れる生々しい舌の感触に、ニアは盛大にうろたえていた。 「ぁ、あ、や、ゃあ、ぅぅ」  ニアの腰を引き寄せて、フィルバートが陰茎や陰嚢を何度も甘く吸い上げてくる。布越しのもどかしい刺激だというのに、徐々に陰茎が下着の中で膨張していくのを感じた。硬くなっていく陰茎に気付いたのか、フィルバートが薄く笑い声を漏らす。 「もう下着からはみ出しそうだな」  下着の裾に人差し指をかけながら、フィルバートがそう囁く。その言葉に、ニアはカッと顔を赤らめた。羞恥に打ち震えるニアを見上げて、フィルバートが殊更楽しげに唇を緩める。 「なぁ、履くときに気付いたか?」  意味深げに訊ねてくる声に、ニアはぱちりと目を瞬かせた。意味が解らないと言わんばかりのニアの表情を見て、フィルバートが性悪な猫みたいに目を細める。その表情に嫌な予感が走った瞬間、腰骨をグイッと引き寄せられた。 「ぅ、わッ!」  ぐるりと身体を反転させられて、背中からソファへと倒される。驚きに目を見開いて視線をやると、フィルバートはソファの下に膝を落としていた。ちょうどニアの両足の間に挟まる位置にいるのを見て、ぞわっと背筋に悪寒が走る。  スカートを腰までたくし上げると、フィルバートは濡れそぼった下着へと人差し指を這わした。敏感な会陰付近をなぞる指先の感触に、ヒールを履いたままの爪先がぴくんと跳ねる。 「ここにリボンがあるだろう? これをほどくと、履いたまま見えるようになる」  親切に説明しながら、フィルバートが下着の下部につけられた数個のリボンをゆっくりとほどいていく。そのまま、ニアの内腿を両手で左右に押し広げてくる。途端、下着の下部が左右にパックリと開いて、冷たい空気が直接性器に触れるのを感じた。  顔を引き攣らせながら、ニアは自身の下半身へ視線を落とした。下着の開かれたスリットから、自身の勃起した陰茎と、それからヒク付く後孔が丸見えになっている。その光景に、ニアは思いっきり唇を戦慄かせた。 「なっ……なに……」  驚愕と羞恥で頭がぐちゃぐちゃになって、何一つとして言葉にならない。しゃっくりめいた声を漏らすニアを見て、フィルバートは満足そうに笑みを浮かべた。

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