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そして、今 #5
碧が榊のいる病院に刺されて入院したことになったのは、1年前のことだった。
その時、碧の父は
「会社は、碧に継いでもらいと思っている。だから、碧にもしもの事があったら……」
そう言っていた。
………
碧の傷はそんなに深くはなくたいしたこともなかった。
しかし、怪我の治療も終わり、暫くしても、碧は意識を失ったままで昏睡状態が続き目を覚まさなかった。
「処置の最中もなんの問題もありませんでした。昏睡が続いているのはなんらかの心理的によるものです」
榊はそう言った。
「以前、似たような症状になりませんでしたか?」
碧の父親に聞くと、父親は話しはじめた。
「実は……」
碧の母親は事故で亡くなった。
それは交通事故だった。事故は碧のすぐ傍で起こった。
碧は目撃をすることはなかったが、それから、碧は、笑わなくなった。
環境が変われば碧の心も落ち着くと思って、碧の母親の祖国イギリスへと行くが、出会った大学生と碧の事件………
「……その大学生に殺されかけた時、そのまま気を失ったきり、碧はその時もこんな状態で、暫く目を覚まさなかった」
(碧くんははよく、無事でいられた……)
精神的に壊れなかったのが不思議だと榊は思った。
「人は狂いたくてもすぐには狂わない」
と精神科の医師から榊は聞いた事があった。
でも、それでも精神的に来てしまう人は元々そういう「要素」を持っている人らしいが。そういう人は「健常時」でもそういう要素がある。
碧は、そうはならなかった。おそらくは、元々きわめて健やかな少年だったはずだっただろうから。
昏睡状態から抜け出たとき、碧は、その時の記憶が抜け落ちてしまっていた。
碧の精神的、許容が越えたから自然に、Deleteしてしまったのか、記憶を閉じ込めてしまったのか。
何度か心理カウンセリングを受けてはいたが碧の母親が亡くなってからのそれからの数ヶ月の記憶が未だに抜け落ちている。
碧の父親は、
「無理に思い出したくないことは思い出さなくてもいい」
そう思っていた。
………
それ以来、碧は、精神的に不安定になる。
なにかしら武道などをやれば、精神的に鍛えられて心の安定にもつながると聞いた父親が、知り合いにとある武術の道場をやっている人がいたので、碧を通わせることにした。
それが、碧に合っていたようで、以来。碧の心はとても安定していった。
碧にとっては体を動かしている間だけは、何も考えずにすんでただひたすらに打ち込む事ができるその結果なだけだったのだが。
思いのほかその武術での才能があり、その方面ではかなりの力も付けて行っていた。
…………
……
…
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