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第6話
わしゃわしゃと僕の頭を掻き乱す大きな手。温かい、手。
雑に髪を乱されてるのに、それなのにどこか安らぐ温もり。
どこかで、感じたことのあるような……
どこだろう。どこかで、どこかで僕はこの温もりを感じたことがあるはずなんだ。この蜂蜜色と蒼穹を、どこかで。
高校、中学……いや、違う。小学校……いや、多分それよりも前。
記憶の糸を必死に手繰り寄せていたら、笑っていたはずの目の前の蒼穹が急に苦しげに歪められた。
「翡翠 、っ、ごめん。」
何が、と問う前に僕の後頭部に回された手が強い力で僕を引き寄せ、僕の身体は緋葉 の胸に沈み込む。腰に回された手が、逃げることを許してはくれなかった。
「ちょ、あの、」
「ごめん。なんか、さ、感極まっちまって。少しだけ。」
「、」
肩口で聞こえた声は震えていて、思わず息を飲んだ。
拒否なんて、できるわけない。
震える声と手から、彼の想いが伝わってきたから。
「……絶対探し出すって決めてた。けど、もしかしたら、もう二度と会えないかもしれないって、」
鼻をすすりながら聞こえてきた言葉に、ぎゅっと心臓が絞られた。
「会えた、だろ。……僕は、ここにいるよ。」
「ん。」
思わずその背に手を回せば、さらに強く抱き締め返される。
この人にとって、僕はどれだけの存在なんだろう。
こんなにも僕を思ってくれている人を、僕はどうして知らないんだろう。
「ねぇ、なんで教えてくれないの?」
僕の肩口に埋もれていた蜂蜜色がピクリと震える。けれど、緋葉は顔を上げてはくれなかった。
「……ごめん、言えない。」
「っ、なんで、」
「覚えてないってことはさ、たぶん翡翠にとって必要ない記憶なんだろ。だから、いいんだ。」
そんな辛そうな声で、震える腕で離すまいと僕を抱きしめておきながら、どうしてそんなことが言えるんだろう。
こんなにも大きな感情を僕にぶつけておきながら、どうして知りたいという僕を拒絶するんだろう。
ゆっくりと顔を上げた緋葉は眉間に皺を寄せ、苦しそうな顔で笑った。
そうして自らの両手でパンッと己の両頬を叩く。
「ん、そうだそうだ。せっかくこうして会えたんだから、過去がどうこうじゃなくて、また一から知ってけばいいだろ。」
な?なんて軽く聞かれても、僕には答えようがなくて。口をはくはくさせていたら、勢いよくベンチから立ちあがった緋葉に思いっきり腕を引かれた。
「というわけでほら、飯行こうぜ。飯。」
「はぁ?え、ちょっと、」
「食堂来てたってことは昼まだなんだろ?飯食いながらさ、今の翡翠のこと教えてくれよ。」
こちらの返答なんて聞こうともせず、グイグイと引きずられ向かう先は先程逃げ出してきた食堂。
「ちょ、嫌だよ!あれだけ目立ったのに戻れるわけないだろ!」
「細かいことは気にすんな!ほら、あれだ、プリン奢るからさ。どうせ限定のあれ食いに来てたんだろ?」
「なんでそんな事までわかるんだよ!?っていうかクレームブリュレだから!」
「へいへい、クレーム…プリンな、プリン。」
「っ、ちょっと、緋葉ぉ!」
叫んでも怒っても拒否しても、いいからいいからの一言で一蹴され、抵抗虚しく僕は再び食堂で好奇の目に晒されることになってしまったのだった。
多家良緋葉 。金糸に近い蜂蜜色の髪に、蒼穹を宿した瞳。それから僕の1つ年上で、僕の事を知っていて、多分ずっと探していて……そして空気が読めないガサツで無神経な奴。
わずか三日の間に大量に情報更新された隣人は、やっぱり僕の記憶には引っかかってこないけれど、それでも、悪い奴ではないんだろうなということだけはわかったかもしれない。
ちなみに……クレームブリュレ、めちゃくちゃ美味しかった。
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