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第8話
「……それで、知り合ったばかりの人様の家に上がり込んでご飯を作ったと。」
「は、はい。」
「よく知りもしない人の家に無理やり押し入って。勝手に。僕に内緒で。」
「ううっ、……も、申し訳ありません。」
悲惨な状態の電子レンジとキッチンを掃除しながら段々と冷静さを取り戻した僕は、冷静になると同時に湧いてきた疑問を全て父さんにぶつける事にした。
なぜ隣人のフルネームを知っていたのか。
なぜ隣人のキッチンの備品なんて細かいことまで知っていたのか。
そもそも今日急いで帰ってきた理由はなんなのか。
気がつけば人様の家のリビングで父さんを糾弾していた。
父さんはリビングのラグの上で姿勢正しく正座していたが、次第に肩を落として縋るように僕を見上げる。
「……これは、私も座ったほうがいいのか?」
怒りに狂う僕の隣から恐る恐るかけられた声に、僕はぎ、と視線の槍を突き刺す。
「そもそも、他人に料理させるってどういう了見ですか!どうせ父さんが押し切ったんでしょうけど、もっとちゃんと断ってください!」
「っ、……それは、もっともだな。」
ビクリと肩を揺らした多家良 さんはそろりと父さんの隣に歩み寄りその場に腰を下ろすと、ご丁寧にも父さんに習ってその場に正座する。
けれど、しゅんとする四十過ぎた大人二人を前に僕の怒りはおさまらなかった。
人様のご飯作るってどういうことだ。
ただでさえ忙しいのに?
メリットなんて何一つないのに?
だいたい悪い人だったらどうするつもりなんだ。
怒りに肩を震わせる僕の背後で、うわぁ、と緋葉 が頭を抱えている。
「居候のくせして、昨日は人がバイトしてる最中に女連れ込んだのかと思ってたけど、まさかお隣さんに……しかも奏川 教授に作らせてたとは。」
何してくれてんだとあくまで他人事なそのつぶやきに、僕は勢いよく背後を振り返り緋葉を睨みつけた。
「そもそも、こうなった原因は多家良家が一切自炊してないからだろ!……家主は緋葉なんだよね?」
「ひ、す、すみませんでした!」
思いっきり身体を跳ねさせた緋葉は慌てて多家良さんの隣に滑り込み背筋を伸ばして正座する。
綺麗に並んだ三人を、僕はじろりと睨みつけた。
「何もかもが酷すぎる!ゆで卵の作り方すら知らないなんて料理の基礎以前の問題だ!」
「申し訳ない。」
「だ、だからね、心配だから僕が…」
「父さんは家のことだけで手一杯でしょ!なんで毎日夕飯二回も作らないといけないんだよ!そんなの無理に決まってる!」
「ううっ。」
「……だったらさ、ここで四人で飯食えばいんじゃね?」
ポツリと落とされた緋葉の言葉に場の空気が凍りついた。
「……は?」
この男は何を言っているんだ。
思わず睨みつけてしまったが、緋葉は僕の怒りなんてものともしない。
「いや、だってさ、そうすりゃ二回夕飯作る手間は無くなるわけだし、こっちは手伝いしながら料理覚えられるし……たぶん。」
「それは素晴らしい意見で…」
「父さん!」
無茶苦茶な意見に瞳を輝かせる父さんを思わず叱り飛ばしていた。
「なんで父さんに頼る事前提なんだよ!自分達で何とかしろ!」
「いや、でもほら、俺ら料理は基礎以前の問題だからな。それにさ、あんな美味い飯食っちまったらもう他の飯なんて食えないし。」
緋葉の言葉にこくこくと無言で頷く多家良さん。
いや、だからなんでそうなる!
なんで父さんもそんなに乗り気なんだ!
常識で考えてそんな事ありえるわけがないのに!
「ここはさ、ほら公平に多数決で決めるということで。」
「はぁ!?」
「というわけで、みんなで毎日夕飯食いたいひと〜!」
ふざけるなと否定の声を上げるより早く、緋葉ははい!と全力で右手を上げた。
その隣で父さんもはい!と元気に挙手をして、さらには多家良さんまでもが無言で手を上げていた。
三人分の視線がじ、と僕に集まる。
「三対一、つー事で決まりな。」
「……なんで、」
どうして、こうなった。
僕は顔を両手で覆いながら全力の恨みを込めて三人を睨みつけるが、三人はハイタッチを交わし喜び合う。
もはや覆らないのであろう決定に、僕はその場に崩れ落ちた。
なんで、どうして。
こんなの……絶対、解せない。
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