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第9話
作り置き用にと大量に買ってきていた特売の合い挽き肉。お弁当用のミートボールになるはずだったそれは四人分の和風ハンバーグへ。
マリネにして保存しておくはずだった野菜達は時間が足りなくなったためそのままサラダにして、一部はお味噌汁の具材になった。
奏川 家では、夕飯は基本的に一日ごとの交代制。昨日は父さんが作ってくれたのだから、当然今日は僕の番なわけで。
物凄く、ものすっっっごく納得はいかないけれど、僕は多家良 家のキッチンを借りて四人分の夕食を用意した。
ちなみに、試しに大根おろしくらい出来るだろうと緋丹 さんにやらせてみたのだけれど、掃除の手間を増やしてくれただけだったので、この人をキッチンに立たせることはしない方が平和だなと、この数時間で僕は悟ってしまっていた。
それでも、やっぱり納得はいかない。むすっと口を尖らせる僕の向かいで、多家良親子は蒼穹の瞳を驚愕に見開き、テーブルに並べられた夕飯を端から端までぽかんと口を開け眺めている。
「……すげぇ、まともなご飯だ。」
いままでどんな生活してたんだこの人達。
それじゃあいただきましょうかという父さんの言葉に、緋葉 は弾かれたようにパシンッと両手を合わせる。
「いただきます!」
言うが早いか、ふわふわの大根おろしが乗ったハンバーグを箸で大きく切り取りぱくりと頬張る。
「んんーっ!やへぇ、んまひ、」
「食べるか喋るかどっちかにしろ!」
「んんっ、んぐ、いや、だってめちゃくちゃうめぇ。ヤバい、マジでうめぇ。」
バ……なんとかの一つ覚えでヤバい、うまいを繰り返す緋葉を隣で緋丹さんが興味深げに見つめる。
「これは箸で食してもいいものなのか。」
「あ?家で飯食うのにマナーとかいらねぇんだよ。いいから食え。」
「美味しく楽しく食べるのが一番ですもんね。」
緋丹さんは何やら緊張気味にハンバーグを切り分け口に運んでから動きを止める。
「……うまいな。」
表情の変化が乏しすぎていまいち自信はないけれど、これは多分、気に入ってくれたってことなんだろう。
何の変哲もない夕食に感動する多家良親子を、父さんはにこにこと嬉しそうに眺めている。
「そうでしょう?そうでしょう?ふふ、翡翠 の作るご飯は世界一だもんね。」
「いや、父さんやおばあちゃんには敵わないし。」
親馬鹿っぷりを発揮する父さんをもう、とひと睨み。テーブル越しに緋葉に笑われてしまった。
「もうマジでうめぇ。あ、昨日の肉じゃがも最高っした。親子で取り合いだったからな。」
緋葉の興奮気味な言葉にこくこくと無言で頷く緋丹さん。
なんか、頭痛くなってきた。
「……ほんとさぁ、二人とも今まで何食べてたの?」
「こ、こら翡翠。」
「だって、」
なんの変哲もないハンバーグにここまで感動されると、照れくさいを通り越して心配になってくる。
外食ばかりだったという話は父さん伝いに聞きはしたけど、まさか生まれてからずっとこんな生活だったわけではないだろうし。
「ん?俺は先月まではここで先輩とルームシェアしてたんだけどな。先輩、居酒屋でバイトしてて飯持ち帰ってくれたりとか、本人も料理が趣味って人だったからさ。」
「……頼りきりだったんだ。」
「お、俺はほら、……たまーになら、まぁ。そ、それに、俺は誰かさんと違ってこうしてちゃんとご飯くらいは炊けるからな。」
胸を張って言うことじゃないと思うんだけど。
けれどまぁ、確かに緋葉の言うことは間違いないわけで。
僕は手元の茶碗によそわれたほかほかのご飯を一口。……悔しいけどおいしい。ただ、決して米をといで炊飯器のスイッチを押した緋葉が凄いわけではない。この家の家電、無駄に最新式の高価な物ばかり置いているのだ。
最新の炊飯器は緋葉ですらここまでおいしく炊くことができるのか。父さんも口には出さないが先程からふっくらモチモチのご飯にいたく感動している。
これを今までほとんど使っていなかったって言うんだから、宝の持ち腐れだ。
最新式の冷蔵庫にオーブンレンジに炊飯器に食洗機。この人達の家にあるなんて勿体なさすぎる。
「自動調理器まであるんだからさ、ちゃんと活用しなよ。」
「いやぁ、元々は先に住んでた先輩の家電使わせてもらってたからさ。卒業して先輩出てってから慌てて買いに行って……まぁ、何使うかよく分からなくて適当に、な。」
それで店頭に並んでいたものを店員さんに勧められるまま片っ端から買い集めたって言うんだから、呆れてため息も出ない。
「……っていうか、一般常識なさすぎない?」
自炊はほぼした事がなく、どうやら金銭感覚もおかしい。この親子本気で何者なんだろう。
思わず口をついて出てしまっていた言葉に、多家良親子は顔を見合せ苦笑した。
「まぁ、俺の方は中学、高校と全寮制の学校だったから自炊する必要がなかったってだけなんだけど……まぁ、こっちは筋金入りの名家の御子息だからな。」
「え、」
「タカラ製薬、聞いたことねぇ?」
カララ。
手にしていた箸が滑り落ちていった。
隣では父さんがポカンと口を開いて固まっている。
「ちょっと、……まって、」
「あ、あの、ひ、緋丹さんって」
まて。まって。いや、だって、ここは都心から遠く離れた隣県の、築三十年を超えるおんぼろアパート。
「親父、こう見えてタカラ製薬の現取締役社長。」
世間話のような軽さで緋葉の口から飛び出したのは、誰もが知る国内最大手の製薬会社の名前で。
僕も父さんも完全に言葉を失ってしまった。
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