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第12話
「なんだよ、多家良 !探すまでもなかったんじゃねぇか。」
「いや、まぁ。ほんとわりぃ!この通り!」
「わるいで済むかよ!久々の大きなヤマだと思って張り切ってたのによぉ。こりゃ焼肉一回でも済まされねぇな。」
「そうだそうだ!」
…………帰りたい。
隣で羽交い締めにされる緋葉 を見ながら、僕は本気でそう思っていた。
昨日緋葉が騒いで注目を浴びてしまったあの食堂で、昨日見かけた五人の人達に取り囲まれて。僕はよく分からないまま揉みくちゃにされる緋葉を助けることもせず眺めていた。
周りの視線が痛かったけど……もうどうでもいい。
結局なんで僕がここにいるのか、この人達は誰なのか、何もわからないままなんですけど。
……帰っていいかな。
本気で聞いてみようかと口を開きかけたその時、緋葉の手が伸びてきて僕の肩を思いっきり引き寄せた。
「ちょ、」
「とにかく、こうして無事見つかったんだから。めでたしめでたしという事で。」
ぽんぽんと僕の肩を軽く叩いて、緋葉は取り囲む人達を見回す。五人分の視線が、緋葉から僕へ。
ううっ、帰りたい。
視線をまともに受けられず、僕は視線を泳がせる。すると、五人のうちで一番大柄な男の人が騒がしくてすまんなとご丁寧に頭を下げてくれた。
「翡翠 君、だったか。わざわざ来てもらって申し訳ない。俺達が四方手を尽くしても見つけられなかった人間が突然隣に引っ越してきたと聞いて、にわかには信じがたくてな。」
「え?……僕を、みんなで探してたってこと?」
思わず顔を上げれば、そこに並ぶ人達はみなうんうんと頷いている。
「あの、……なんで?」
「それが我ら『うろ覚え倶楽部』にきた依頼だったからな!」
大柄な人の言葉に、またみんなうんうんと頷く。
どうしよう、話が何一つ理解できない。
一体何なの?と隣に座る緋葉に無言で問えば、ようやく僕になんの説明もしていない事に気づいたのだろう。わりぃわりぃと大して悪びれていない謝罪と共に緋葉はペロリと舌を出す。
「『うろ覚え倶楽部』ってのは俺の入ってるサークル。」
「いや、そもそも『うろ覚え倶楽部』っていったいな…」
「よくぞ聞いてくれた!」
「ひ、」
ダンッとテーブルを叩いて、大柄な人がずいっ、と僕に迫りくる。
「人は誰しもうろ覚えながらに探しているものというのがあるはずだ!歌詞はわかるが曲名がわからない。CMは思い出せるが商品名が出てこない!ドラマの役名はわかるのに、役者名はわからない!」
「は、はぁ。」
ドン引きして身を逸らす僕に、男は人差し指をビシッと突きつけてきた。
なに、なんでドヤ顔なの。
「そんな断片的な情報から依頼を受け、真実にたどり着く!それが『うろ覚え倶楽部』だ!」
いや、なんでみんな腕組んでポーズとってるの。……なんなんだこの人達。
でも、今の話でようやく見えてきた気がする。
「緋葉、僕の事を依頼したんだ?」
「そ。高校までは一人で頑張ってたんだけど、こりゃ無理だなと悟ってさ。面白そうだったし入ってみた。」
「人探しなんて久々の大きな依頼!僕達はそりゃもう張り切って探したんだから。」
大柄な男の人の隣で、細身の男の人が拳を握りしめ力説する。
「翡翠って名前、性別は男、十九歳で本が好き、だから多分頭良い、医療系か文学部にいるはず、この断片的な情報で僕ら二年も探してたんだよ!」
「え、っと……なんか、すみません。」
いや、僕が謝ることじゃないとは思うけど、あまりの熱量についつい謝罪してしまっていた。
多分頭良いやつ、多分都内に住んでる、という緋葉のあやふやな情報の元、この人達は休みのたびに国内最難関大学からはじまり、都内の大学をずっと捜索していたらしい。
「サスペンスドラマみたいでワクワクしたよねー。ちょっと聞きたいんですけど、って学生さんに聞き込み調査してさ。」
ちょっとまって。僕の名前、言いふらされてたってこと!?
……僕、これもう都内の大学近くは歩けないかもしれない。
思わず緋葉を睨みつければ、ペロリと舌を出し視線をそらされた。
「ともかくだ、不本意な形とはなったが依頼は解決という事だな!」
「だよねぇ。……と、言うわけで。」
わいのわいのと盛り上がっていた視線が、再びずいっ、と僕の元に集まる。
その圧に、思わずのけぞってしまっていた。
「え、なに、」
「我々は次の依頼を募集している!君は何か気になっているものや探しているものはないか!いや、そもそも『うろ覚え倶楽部』に興味はないか!?」
ずずずいっ、と大柄な男の人が迫りきて熱弁する。その背後で会長頑張れーと檄を飛ばす人達。
ああ、この暑苦しい人が会長さんなのか。
「さぁ、どうなんだ!」
緋葉に無言で助けを求めてみたけど、視線を逸らして逃げられた。こいつ、自分への糾弾を逃れるために僕を売る気だな。
どうなんだって、これどうしたらいいわけ!?
このまま取って食われそうな勢いと圧に、僕は必死に記憶をめぐらせる。
こんな意味不明なサークルになんて入るつもりは毛頭ない。でも、この人達は絶対逃がしてくれない。だとすれば、僕のとる行動は一つ。
「……あの、絵本とかでも大丈夫、ですか?」
逃げたい一心でなんとか記憶と言葉を絞り出せば、目の前の人達の瞳が期待にキラリと輝いた。
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