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第13話
「ご新規久しぶりだよね。」
えっと、セミロングの紅一点が青柳 さん。
「おおっ、新しい依頼きちゃうー?」
このチャラ…カジュアルな格好の茶髪の人が紫都 さん。
「いいじゃんいいじゃん、話聞こうじゃん。」
で、この童顔の小柄な人が浅黄屋 さんで、
「あ、まってまって、今書くもの用意するから。」
あわてて鞄の中を探し始めた細身の人が白附 さん。
「さぁ、話を聞こうじゃないか!」
それから暑苦…やる気にみなぎっている会長の黒氏 さんが最後にどん、と僕の前の席を陣取り完全なる包囲網が出来上がってしまった。
っていうか、何気に隣に座る緋葉 も蒼穹の瞳をワクワクに煌めかせていて、皆の威圧感が凄い。
推理小説や謎解きゲームが好きな人間が集まって出来たらしい『うろ覚え倶楽部』は、食堂や事務所の窓口脇などに依頼BOXを設置してはいるものの、中々依頼者が現れないらしい。
……それはそうだろう。だって、この人達どう見ても信頼に足りないし、なんなら怪しさしかないんだから。
それでもまぁ、推理小説でページをめくるより早く暗号が解けたり、犯人がわかったりした時の高揚感はわからなくもないけど。
「それで、絵本だったな!」
「あ、は、はい。」
テーブルに身を乗り出し前のめりで先を促され、僕は思わず身をすくませる。
ううっ、こういう雰囲気は本当に苦手だ。全員僕より先輩みたいだし、何からどう話したらいいのやら。
気恥ずかしさと畏怖から口ごもっていると、ほんの少しだけこちらに身を寄せた緋葉がポン、と僕の背を叩いてくれた。
背中に一瞬灯った温もり。
チラリと隣に視線を移せば、緋葉はにかっと歯を見せて笑った。
……なんでだろう。それだけで、少しだけ呼吸が楽になった気がする。
うん、べつに悪い人達ではなさそうだし、少し話してすぐ帰ればいい。
「あの、小さい頃に読んでいた絵本で、気に入っていたはずなんだけどタイトルも内容も思い出せなくて……」
なんとか言葉を絞り出せば、全員がほうほうと相槌を打ちながらだんだんと身を乗り出してくる。
「それでそれで、本について覚えてることは?」
書記役なのだろう白附さんがシャーペン片手に質問してくる。
幼い頃の記憶。
この場をやり過ごすために引っ張り出したものではあるけれど、ずっと心の片隅に引っかかっていたのは事実だった。
「僕が三歳くらいの時に読んでいたもので、……ライオン、が出てくる話なんですけど。」
「ライオン、」
僕の言葉に、ピクリと肩を震わせたのは緋葉だった。蒼穹の瞳がわずかに見開かれる。
「……ほかに、覚えてる事はあるか?」
緋葉の言葉に、僕は記憶の糸を深く深く手繰り寄せていく。
けれど、脳裏に浮かぶ記憶は、いつだってうっすらと曖昧だった。
「水彩画みたいな優しいタッチのイラストで、あとは……たぶん、……ヒヨコ、がいたような。」
何度も何度も読み返していた本だという記憶はある。けれど、いつだって肝心の中身が思い出せない。
それでも、この記憶は完全に消してはいけない気がしていた。
ずっとずっと、頭の片隅に引っかかっている記憶。
「ねぇ、お気に入りの絵本だったなら家に残ってたり、ご両親が知ってるんじゃないの?」
紅一点の青柳さんのもっともな意見に、けれど僕は首を横に振った。
「父さんに聞いたことはあるけど、知らなかったから。……だから多分、家以外の所で読んでたんだと思う。」
「それって保育園とかって事か?」
小柄な浅黄屋さんの言葉にも、僕は首を横に振る。
僕が三歳だった頃。その当時、僕の身に起こった色々な事。
「……僕、病気で長い期間入院してた事があって。それから、その、」
顎に手を当て、思い出すふりをして視線を一瞬隣へ。
さっきから妙に真剣に僕の話を聞いている気がするけど、緋葉はもしかしてこの事も知っているんだろうか。
僕はこくりと小さく息を飲んだ。
「僕、三歳の時に母親が事故で亡くなってて。その時数ヶ月の間親戚の家や父の友人の家にあずけられてたことがあったから。」
「な、マジか。」
僕の言葉を聞いた途端、緋葉は驚きに固まった。
知らなかったってこと、なんだろうか。
ドン引きするくらい僕の事を知っている、あの緋葉が。誰にも話した事はなかったけど、それでも緋葉が知らないというのは意外だった。
「えっと、本当に突然の事で父さんがショックから立ち直れなくて、その間その、転々としてたから……」
だから、その当時の記憶は非常に曖昧だとだけ伝えておく。
実の所、あの頃の記憶は曖昧どころか、僕は母親の顔すら覚えていない。
幼かった故か、それとも僕自身ショックから抜けきれず記憶を閉ざしてしまっているのか。あの当時精神科で見てもらったことはあるらしいけれど、結果はわからずじまい。
もちろん、そんなことまで話したりはしないけど。それでも、僕の話は場の空気をしんみりさせるのにじゅうぶんだったようだ。
「それは、その、……大変だったね。」
僕の言葉を聞いた途端、青柳さんと紫都さんは気まずそうな表情を浮かべた。
緋葉も口を閉ざしてなにやら考え込んでしまっている。
そんな中、会長さんこと黒氏さんは、静まり返った空気の中ダンッとテーブルを叩きつけ、勢いよく立ち上がった。
「なるほど!幼かった君の心を癒した一冊と言うことだな!是非とも我々で探そうじゃないか!!」
拳を握りしめ、会長さんが声高に叫べば、残りのメンバーから巻き起こる拍手。
ここ、食堂なんだけどな。
さっきから周りの視線がチクチクと痛いんだけど、この人達見えてないんだろうか。
……もう絶対、この食堂利用できない。僕のクレームブリュレが。
「我々『うろ覚え倶楽部』に任せたまえ!必ずや探しだしてみせるからな!」
突然会長さんからグイッと両手を取られブンブンと力強く振られる。そして再び巻き起こる拍手。
ああもう、声が大きい!周りの視線が!
とは口に出せずに縋るように隣に視線を送ったのだけれど、
「……緋葉?」
僕の視線にも声にも気づかず思案にふける緋葉に、僕は結局何も言えないまま会長さんの勢いに押し切られてしまったのだった。
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