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第18話 隣人さんと先生
本日の料理は僕の担当。朝食は焼鮭に、だし巻き玉子。ボリュームと栄養面で寂しいなと思ったのでお味噌汁はキャベツに大根人参長ネギぶなしめじと具沢山にしてみた。そこに父さんと漬けている秘蔵のぬか漬けを添えれば、完全和食な朝食の完成だ。
ちなみに、この102号室に来る前に早朝から自分の家の方の台所でお昼のお弁当も晩の準備もバッチリ終えている。
金に近い蜂蜜色の髪、蒼穹を映したような蒼い瞳。多家良 親子のその見た目からなんとなく和食は避けた方がいいのかとも思っていたのだけれど、それとなく和要素を入れた和風ハンバーグもカレイの煮付けも非常に美味しそうに食べていたので関係ないなと判断した僕は、今日の朝食は完全に自分の好みで和食を作らせてもらった。納豆も遠慮なく解禁だ。
「……すげぇ、朝ごはんだ。」
見たまま、当たり前すぎる緋葉 の感想をよそに、僕はいただきますと両の手を合わせてからだし巻き玉子を一口。うん、上出来だ。
「やっぱり翡翠 の作るだし巻玉子は世界一だね。」
「父さんやおばあちゃんにはまだまだ適わないってば。」
ご機嫌な父さんを横目に僕は具沢山お味噌汁を寝起きの胃袋に流し込む。
ヨーグルトやサラダやシリアルもいいけれど、一日の始まりはやっぱり温かいものを摂って代謝を促すのが一番だ。
「ん、うまいな。」
緋丹 さんの相変わらずの単調な感想も、どことなく嬉しそうに聞こえる。
「それで、皆さん。今日の予定なんですけど、」
心なしか昨日より早いペースで進んでいく食事の中、昨日と同様に父さんが話を切りだした。
「僕と緋丹さんは朝食を食べ終えたら大学に行く予定だけど、」
「多分僕と緋葉の方が帰りは遅くなりそうだね。カレー作ってるから、先に二人で食べといて。」
「うん、ありがとう。……緋葉君、今日は翡翠をよろしくお願いします。」
テーブル越しにわざわざ向き直りご丁寧に頭を下げる父さんに、緋葉はあわてて背筋を伸ばして畏まる。
「は、はいっ!えーっと、あれだ、大事にします!」
「……あのねぇ、結婚の挨拶じゃないんだから。」
「へ?ああ、そっか。いやぁ、奏川 教授に頭下げられるとかテンパっちまって。えっと、安全運転で行ってきます!」
僕のじっとりとした視線を横目で流し、緋葉はペロリと舌を出す。
あははと笑って失言を誤魔化そうとするのは別にどうでもいいのだけれど、僕が気になったのは別のところだ。
「っていうか、安全運転って……僕電車で行くつもりだったんだけど。」
「はぁ?」
そう口にした途端、緋葉は口元をムスッとへの字に曲げる。
「なんでだよ、後ろに乗っけてくってば。」
後ろ、とは当然緋葉の所有するバイクの事だろう。数日前に大学から家まで乗せてもらったことはあるにはあるけれど、初めて乗った大型バイクの後ろは、僕はどうにも好きになれそうになかった。
「……揺れるし、寒いし。」
「んだよ、ちゃんと安全運転するってば。」
そんなに酷い運転はしない、心外だと言わんばかりに口を尖らせる緋葉。どうあっても譲ってくれるつもりはないらしい。
「都内の図書館寄ってから病院行きたいんだろ?だったら早くついた方がいいんじゃね?」
珍しく正論でこられてこちらがたじろいでしまった。
うーん、これ、本当は言いたくなかったんだけど。
「……バイクだと移動中に本読めないじゃないか。」
都心の病院まではここから電車で一時間近く。その間いったい何ページ読み進められるだろう。昨日から読み始めたサスペンス小説が、非常にいいところなのに。
正直に告げれば、案の定緋葉は蒼穹の瞳を丸く見開いてからふはっ、と吹き出した。
「っはは、図書館行くまでに本読みたいって、お前、ふはっ、」
よく見れば、その隣で緋丹さんも口元をおさえ肩を震わせている。
父さんだけはわかるなぁと大きく頷いているのが何とも恥ずかしいやら腹立たしいやら。
むすっ、と頬を膨らませ視線をそらせれば、緋葉はいまだ肩を震わせながらもなんとか無理やり笑いを押さえ込み、悪かったってと謝った。
「でもさ、本も電車もいつも通りのいつでも見れるもんだろ?せっかく出かけるんだからさ、俺とじゃないと見れない景色見せてやるって。」
「それって…」
まるでデートじゃないか。
……とは、口にしなかったけど。
なぜだか嬉しそうに話す緋葉に、僕は結局首を縦に振ってしまっていた。
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