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隣人を愛せよ。 第28話 | 琴鈴の小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
隣人を愛せよ。
第28話
作者:
琴鈴
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第28話
緋葉
(
ひよう
)
の手が、僕の髪を優しく撫ぜる。 隠していたものを知られてしまった。僕を見下ろすその顔は、悲しく笑いながらもどこかスッキリしているように見えた。 「……そうだよ。俺もお前も、積雪の家って呼ばれてた孤児院にいた。」 「せきせつのいえ、」 それはどこか懐かしい響きだった。 「そ。都内とは名ばかりの山奥のど田舎でさ、だから冬にはすげぇ雪が降るんだ。よくみんなでソリ遊びやかまくら作って遊んでた。……そんな所。」 そこに僕と緋葉はいた。 ズキリ。胸の痛みを、深く呼吸してやり過ごす。 「……やっぱり、そういうことなんだ。」 孤児院にいた。それはつまり、身寄りがないってこと。僕と父さんは血の繋がりがないってこと。 驚くことも悲観することもせず、ただ現実を受け入れた僕に、緋葉の方が辛そうに顔を顰める。 「気づいてたのか?」 「……そういうわけじゃないけど、違和感は昔からあったよ。だって僕達全然似てないし。それに父さん、母さんのことをほとんど話さないんだ。家に写真もなかった。」 記憶にない母さんのことを、もちろん何度か聞いたことはある。だけど、そのたびに父さんは困ったように顔を顰めて言葉を詰まらせていた。きっとそれは思い出したくない辛い記憶なんだろうといつしか聞くことすらしなくなったけれど……そうか、そもそもそんな人は存在していなかったわけだ。 答えがわかってしまえば納得できることばかり。受け入れたくない現実が、ストンと腑に落ちてしまった。 でも、それじゃぁ、 「……僕は、本当は誰なの?」 思わず口にした疑問に、緋葉はやっぱり悲しく笑う。 「俺も赤ん坊だったから覚えてはねぇんだけど、
翡翠
(
ひすい
)
は施設の玄関の前にカゴに入れられて置き去りにされてたんだと。……この子を助けてくださいって、手紙と一緒に。」 「……心臓の、せい、なんだね、」 緋葉の手が、服の上からそっと僕の心臓を撫ぜた。 「手紙には病気のことが書いてあって、だから翡翠は家じゃなくてすぐに病院に連れてかれたらしい。産まれて間もなかったから手術に耐えられないって、それからずっと入院してたんだ。……だから、俺達が初めて会ったのは翡翠が二歳、俺が三歳の時。」 そんな小さな頃から緋葉は僕を知っていて、ずっとずっと探してくれていたんだ。 ふと、真っ白だった記憶の中に色が浮かんだ。 真っ白な天井、真っ白な壁に、真っ白なカーテン。白一色だった記憶の中に灯ったのは蜂蜜色。 僕の記憶に、本当に緋葉はいるんだろうか。 「俺が病院で診察受けた帰りにさ、付き添いできてた園長に寄りたいところがあるって、連れてかれてさ。」 「そこで、初めて会ったの?」 「そ。……俺の知ってる翡翠は、園長や看護婦さんの影に隠れるような人見知りで、苦い薬も、痛い注射も泣き言ひとつ言わない頑張り屋で、病院食でたまに出るプリンと、文字を知らなくて読めもしなかった絵本が大好きでずっと抱えてた……そんな奴。」 僕を見下ろす蒼穹が、懐かしそうに細められた。 それが、緋葉がずっと探していた僕。 僕も知らない、本当の僕。 「俺、そん時に翡翠が抱えてた絵本読んでやったんだ。また読んで、もっと読んでって言うから、それから毎日病院に行った。手術の日は、ずっと病室でお前が帰ってくるの待ってた。」 なんで、だろ。 知らないはずの記憶に、まぶたの奥がじわりと熱くなった。 手術の傷を撫ぜる手、雑に髪を撫ぜる手、その優しさと温もりを、記憶にはないのに身体は確かに覚えてるんだ。 僕はゆっくりとその場に身を起こした。 平気か、って心配そうに僕を見つめる蒼穹を真っ直ぐに見つめて、そうしてその胸の中に飛び込んだ。 「ひ、すい?」 戸惑う緋葉の声を無視して、その胸に顔を埋めギュッと抱きしめる。 「……ごめん、覚えてなくて。緋葉はずっと僕のそばにいて、離れてもずっと思ってくれていたのに。」 「翡翠、」 緋葉は僕の背中に手を回し、強く抱きしめてくれた。 「俺こそごめんな。ずっと黙ってて。」 「……ううん、ありがとう。」 もし、
青葉荘
(
あおばそう
)
で初めて緋葉に会ったあの時にこの話を聞いていたら、僕は現実を受け入れられなかったかもしれない。 父さんが、父さんじゃなかった。世界にたった一人で放り出された気になって、悲嘆に暮れていたかもしれない。 でも、今はちゃんとわかってるから。僕のことをこんなにも大切に思ってくれている人がいた。その事実を知った今なら、僕はちゃんと全てと向き合える。 そう、僕にはまだ聞かなくちゃいけないことがあるんだ。 僕は緋葉の胸に埋めていた顔を上げ、小さく息を飲んだ。 「緋葉。緋葉が探してたのは『
牧之瀬翡翠
(
まきのせひすい
)
』なんだよね?」 見つめる蒼穹が、まん丸に見開かれる。 もう、隠し事は必要ない。僕は全てを知りたいんだ。その意思は、しっかりと緋葉に届いたらしい。一瞬戸惑いに揺れた瞳が、けれど真っ直ぐに僕を見つめ返した。 「……そうだよ。翡翠が退院して、これからずっと一緒にいられるって思ってわずか半年後だった。里親が決まったって、迎えに来たのはあの牧之瀬って男だ。」 ギュッと握られた緋葉の拳は、震えていた。 「手術したばっかでまだ体調も安定してなかった、何より病院から家に来て半年しかたってなかったのに!なのにあいつは、牧之瀬は翡翠を連れてった!それなのに!」 ダンッと、ベンチに緋葉の拳が叩き落とされる。 ああ、やっぱり。 病院で緋葉が牧之瀬先生に掴みかかったのは、これが原因だったんだ。 僕を引き取ったのは、
奏川温人
(
かながわはると
)
ではなく
牧之瀬冬馬
(
まきのせとうま
)
だった。 「あの日、翡翠が家から出てった日、俺はあいつに掴みかかって約束させたんだ!絶対に翡翠を幸せにしろって。」 「……でも、再会した僕は奏川翡翠だったんだね。」 「ああ。……なんでこんなことになってんのか、俺にもさっぱりわかんねぇ。」 いったい過去に何が起こったんだろう。 本当の僕は、……僕はいったい誰なんだろう。 その答えを知っているのは、たぶん世界で二人しかいない。 「……知りたい、っ、本当のこと。」 声は、情けないくらい震えていた。 だって、昨日まで信じて疑わなかった事が綺麗さっぱり消えたんだ。周りも、自分自身すらも偽りだった。 怖い。怖いよ。 でも、それでも、知りたい。真実を知りたい。 父と信じるその人と、話をしなきゃ。 「よしっ、」 隣で、緋葉が勢いよくベンチから立ち上がった。 蒼穹が優しく細められて、緋葉は白い歯を覗かせて笑う。 その手が僕に向かって伸ばされた。 「帰ろうぜ、一緒に。」 ―― ひすいは、おれがまもってやるからな! ああ、この手を、多分僕は知っている。 ずっとずっと前から知っている。 だから、きっと大丈夫だ。 そろりと伸ばされた手をとれば、大きな手は、僕の手をギュッと掴んで引き上げてくれた。 そうして僕の手を優しく引いて緋葉は前を歩いていく。 青葉荘へ帰るまでの間、その温もりは決して離れることはなかった。
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