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第31話
「ご、めんなさいっ、僕は、僕は、…」
きっとずっと罪の意識に苛まれていたんだろう。涙と共に落とされる父さんの懺悔。
ごめんなさい、ごめんなさいと何度も耳元で繰り返される言葉に、僕は短く息を吐いた。
これ以上泣いたら、瞼が溶け落ちてしまうんじゃないかってくらいに泣き崩れる父さんに思わず苦笑してしまう。
よしよしとその背に手を回して優しく撫ぜた。
「……馬鹿だなあ、父さんは。嘘なんてつかなくても、僕達は親子なのに。」
ピクリと抱き寄せた身体が身じろいで、父さんはおずおずと顔を上げ僕を見つめた。
あのお人好しで性善説を地で行く奏川温人 が、長年つき続けた嘘。人を騙すなんてこの人にとっては耐え難い苦痛だったはずなのに、たった一つの我儘のためにやり通していた。
こんなこと、怒れるわけないじゃないか。
騙されたことにショックを受けるよりも、今まで無理を続けてきた父さんを心配してしまった。それどころか、嬉しい、とすら思ってしまった僕は、もう紛れもなくこの人の息子なんだ。
「僕の父親は、何があっても奏川温人だよ。」
正直な気持ちを告げれば、父さんは泣き腫らしてボロボロの顔を歪め、頭を垂れた。
「っ、りがとう、……っ、でも、僕がしたことは、決して許されることじゃないっ、」
ごめんなさい。再び紡がれた懺悔は、目の前の僕と、そして、
俯いていた顔を上げた父さんの視線は、ダイニングテーブルに座り、こちらを優しく見守っていた緋葉 へ向けられる。
父さんはソファーから立ち上がったと思った瞬間には、その場に崩れ落ちるように膝をついた。
「ちょ、っ、父さん!」
慌てて床に崩れ落ちようとしていた身体を支える。けれど、父さんは僕の支えを頭振って払った。
「っ、僕の我儘のせいで、冬馬 にも、緋葉君にも、真実を告げる機会を奪ってしまった。」
緋葉の方に向き直り、深々と頭を下げる父さん。
緋葉は一瞬僕を見つめて肩をすくめるとゆっくりと立ち上がり、僕たちに歩み寄った。
「別に、言おうと思えばいつでも言えたんだ。……けど、ここで再会したあの日、翡翠 は奏川教授の影に隠れるみたいに俺の様子伺っててさ、あー、この人の事信用してんだなって丸わかりだったから。」
照れくさそうに自らの蜂蜜色の金糸を掻き乱した緋葉は、父さんと目線を合わせるために、その場に膝をつく。
「奏川教授、…いや、温人さん。元家族として礼を言わせてください。」
その口元が優しく弧を描いた。
「翡翠を育ててくれて、ありがとうございます。」
「…っ、」
父さんの喉が引きつったように鳴る。その瞬間父さんは隣にいた僕を巻き込んで、緋葉に勢いよく抱きついた。
父さんの手が僕達の腰に回され、痛いくらいに締め付けてくる。ぐえ、と緋葉の口からもれた声も、父さんの耳には届いていないらしい。
「っ、りがと、っあ゛りが、とっ、」
嗚咽の合間に耳元で聞こえたありがとうの声は泣きすぎて枯れてしまっていた。
腫れたまぶたを更に腫らしながら、いい加減もう出ないんじゃないかと心配になるくらいボロボロと涙を流し泣き崩れる父さんの腕の中、僕と緋葉は顔を見合せ苦笑い。
うん、何も変わらない。
この人はやっぱり僕の父さんだ。
よしよしと父さんの背中を撫ぜていたら、そこに加わった大きな手。視線を向ければ、すぐ隣で緋葉がニカッと歯を見せて笑う。
「よかったな、温人さんで。」
「……世界一の父親だよ。」
恥ずかしすぎて小声になりはしたものの、この至近距離だ、当然全て聞かれているわけで。
うわぁぁっとさらに嬉し泣きに火がついてしまった父さんを、緋葉と二人ぎゅうぎゅうに抱きしめられる苦しさと戦いながらその涙がおさまるまで背中を撫ぜ続けた。
ふ、と笑う緋丹 さんの優しい声と、向けられる蒼穹の温かな視線を少し遠くから感じながら。
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