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第33話 隣人さん、親ってなんですか?

大学が春休みに入ったタイミングで引っ越してきた青葉荘(あおばそう)。隣人になったその人は、幼少期の僅かな期間僕と同じ施設にいたらしい。 そう、僕と同じ孤児院に。 今日の朝食は林檎とキウイの入ったフルーツサラダに、鶏ササミとネギをたっぷり入れた中華粥にしてみた。 昨日父さんが作ることの叶わなかった隣人の晩御飯。彼らは絶対何も考えずハイカロリーで胃に負担のかかるものを食べているに違いないと思ったので消化に優しいお粥に。 そして昨日泣きすぎてしまった父さんの目の腫れに、むくみを取る効果のあるカリウムを多く含む果物を。 ……なんて説明したりはしなかったけど、いつものようにヤバいうまいの単語を幾度も聞いたうえ、緋丹(ひたん)さんも緋葉(ひよう)もおかわりまでしてくれたので、好評だったようだ。 用意した朝食はあっという間に空になった。 いつもより少し早めに終了した朝食のあとは、緑茶を飲んで一息。 いや、誰も何も言わなかったけど、食事よりもこの時間を作ることが今日の目的だったかもしれなかった。 食事を終えても誰も席を立たず、言葉を待っている。そんな状況に、僕と父さんは顔を見合せた。こくりと、父さんが小さく頷き目の前の二人を見つめる。 「あの、昨日のお話なのですが、」 父さんの言葉に、多家良(たから)親子も互いに顔を見合わせた。 もう隠し事はしない。疑問には全て答える。昨日そう言ってくれた二人に、聞きたいことがあるんだ。 僕と緋葉は、積雪(せきせつ)の家と呼ばれる孤児院で育った。昨日知ったその事実には、大きな疑問が残っている。 「あの、緋丹さんと緋葉君は……血の繋がった実の親子、ですよね?」 思い切って問いただした父さんに、緋丹さんと緋葉はほとんど同時に苦笑した。 「ま、そこは気になるわな。」 「念の為DNA鑑定も行ったが、99パーセント間違いないそうだ。……まぁ、調べずともこの見目ではな。」 金糸に近い蜂蜜色の髪。蒼穹を写したような蒼い瞳。極めつけは緋葉と緋丹という名前。 何をとってもこの二人に血の繋がりがあることは明白だ。それなのに、緋葉は僕と同じ孤児院にいたという。 なぜ。どうして。 立ち入った話なのはわかっているけど、どうしても気になってしまった。この親子は僕達にとってもうただの隣人でも、ましてや他人でもなくなってしまっていたから。 「……あまり、面白い話ではないんだがな。」 躊躇う緋丹さんを横目に、口を開いたのは緋葉だった。 「親父は知らなかったんだよ。身分が違いすぎるって親から別れさせられた相手が、まさか妊娠してたなんて。ましてや……」 一瞬、確認するように緋葉は隣に座る緋丹さんに視線を向ける。 苦しげに眉をひそめた緋丹さんとは対照的に緋葉は何でもないとばかりにサラリと口を開いた。 「ましてや、俺を残して自殺してたなんてな。」 肩を竦めながら今日の予定を父さん話すみたいに軽く告げられた事実に、僕も父さんも言葉が出てこなかった。 聞き流すには重すぎる単語が、胸の中に沈み込んでいく。父さんも、思わず口元を押さえていた。 自殺って。そんな、 「泣き声がうるせぇって苦情きてアパート大家が部屋に入ったら、首吊った母親の足元で赤ん坊の俺が延々泣いてたらしい。で、身よりなかった俺はそのまま積雪の家に送られたってわけ。小さすぎて覚えてねぇんだけどな。」 思わず凝視した緋葉の口元は、笑っていた。 そんな、世間話みたいに簡単に。 あまりにサラリと話すから、それはまるで本のあらすじを語られているみたいに全く現実味がなかった。 けれど緋丹さんは、緋葉の言葉一つ一つに苦しげに眉根を寄せる。 「……恥ずかしい話だが、元々結婚は自らの意思で出来るものだと思っていなかったから、それまでの間であればと了承を得た上で付き合いをしていたつもりだったんだがな。」 「親父の事を本気で好きだったのか、それとも多家良の家に金でもゆすろうとしたのか、本人がいねぇんだから今となっちゃ本当のところはわかんねぇけどな。とにかく周りに黙ってこっそり産んだものの、結局一人じゃ育てられねぇって病んじまったみてぇだな。」 僕と父さんは、二人にかける言葉が見つからなかった。 緋葉を残して亡くなったって。自殺だったって。それってつまり…… 緋葉は母親に捨てられたんだ。

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