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隣人を愛せよ。 第37話 | 琴鈴の小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
隣人を愛せよ。
第37話
作者:
琴鈴
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第37話
緋葉
(
ひよう
)
は金糸に近い蜂蜜色の髪を掻き乱しながら、深くため息をひとつ。 そうして、じ、と真っ直ぐに
冬馬
(
とうま
)
さんを見つめた。 「
翡翠
(
ひすい
)
があんたを認めるって言うなら、俺は認めない。」 「緋葉……?」 辛辣な言葉であったはずなのだけど、その言葉にもはや怒りは感じられなかった。けれど、その蒼穹の瞳は僕の肩口から顔を上げた冬馬さんをまっすぐに捉える。 「俺は絶対にあんたを許さない。だから、父親として一生かけて翡翠に償え。」 口をへの字に曲げてどこか嫌そうに落とされた言葉。けれどそこにある優しさに冬馬さんはすぐに気づいたようで、驚きに見開かれた瞳からポロリと涙がこぼれ落ちる。 「っ、……やくそく、するっ。っんどこそ、絶対に、約束を守ってみせるっ、」 一生父親として傍に。 許されるために父親でいろと暗に告げた緋葉の言葉は、許せはしないけど認めるなんて中途半な僕の言葉よりも冬馬さんにとっては救いになるのかもしれない。 そうか、親の形も、優しさの形も、愛情の形も、決して一つではないんだ。 僕は足元に転がったままになっていた冬馬さんの眼鏡を拾い上げ、いまだ涙の止まらない冬馬さんに差し出した。 「ほら、いい加減泣き止んで立ち上がって。色々話聞きたいんだからさ。……その、お母さんのこと、とか。」 僕の言葉にはっと肩を揺らした冬馬さんは涙を指で拭い眼鏡をかけ直す。 「そうだね。……中に入って、線香を……あげてやってくれないかな。その、緋葉君も。」 その声音はまだ掠れていたけれど、先ほどまでの混乱は少し落ち着きを取り戻していた。 緋葉と視線を交わせば、小さく頷く。 彼は不満そうに唇を噛んでいたけれど、それでも小さく肩をすくめ、そっと手を伸ばした。 「……ほら、立てよ。」 差し出された手に、冬馬さんは驚いたように目を瞬かせる。迷いがちに伸ばした指先が触れ合った瞬間、緋葉はしっかりと冬馬さんの手を握り力強く引き上げた。その勢いに押されるように、僕も反対側から冬馬さんの腕を取る。 「二人とも……ありがとう。」 また泣き出さんと声を詰まらせた父さんさんの手を引いて、僕達はそのまま三人で並び、懐かしさを感じる家の中へと歩みを進めた。 それから空が茜色に染まりはじめるまで、僕達は冬馬さんから色んな話を聞いた。 僕の母親になることを誰よりも喜んでいた
咲良
(
さくら
)
さんのこと。 実は料理は不得意で、里親になると決めてから、子供には美味しいものを食べさせたいと夫婦揃って父さんや
温子
(
はるこ
)
おばあちゃんに何度か料理を習っていたこと。
積雪
(
せきせつ
)
の家には何度か夫婦で足を運び、仲良く遊んでいた僕と緋葉を影から見ていたこと。 僕の身体のことを事前に聞かされて、二人で詳しく勉強しなおしたこと。 洋服や玩具を買いに行った先ではこっちも気に入ってくれるかも。買いすぎじゃないか、って喧嘩になってしまったことも。 そんなに残っていないんだ、と数枚の写真を前に時々声を詰まらせながらも、冬馬さんは穏やかな声でずっと語ってくれた。 おかげで、朧気に覚えていた記憶の中の女の人の姿が、幾分かハッキリ見えるようになった気がする。 「それじゃあ、そろそろ帰るね。」 「あ、まって。……翡翠、これを。」 話は尽きなかったけれど暗くなる前に帰ろうと席を立った時、ふと思い出したように冬馬さんはリビングを離れ何かを手に戻ってきた。差し出されたのは白い革製の表紙のアルバム。 「これは、……?」 「施設での君の様子を写したアルバムだよ。積雪の家を出る子供達みんなに渡されているものなんだって。本人に見せるかどうかは親に委ねられるみたいだけど。」 「だな。俺も持ってる。」 隣にいた緋葉が僕の手元に視線を落とし、ポツリと呟いた。いわゆる卒業アルバム的なものなのだろう。 そうか、このアルバムを見せるということは、施設で育ったと知らせてしまうということ。だから冬馬さんも父さんも、今まで僕には伏せてきたのか。 ありがとう、と小さく頭を下げてアルバムを受け取れば、冬馬さんはさらに僕の目の前にこれも、と小さな箱を差し出してきた。 「……ようやくこれも君に渡すことができる。」 手のひらサイズの黒いビロードの箱。緋葉が首を傾げたところを見ると、これは施設を出る人間に渡されているもとというわけではなさそうだ。 促されるままに受け取り箱を開いてみれば、そこにはアンティークなデザインのブローチが入っていた。 オリーブの枝、だろうか。縁取るようにくるりと湾曲する枝と、小鳥がシルバーで作られていて、中央には深いグリーンの石がはめられている。 女性向けのデザインな気がするけど、これは一体? 「翡翠の名前の由来なんだそうだよ。」 冬馬さんの言葉に、僕も緋葉も思わず目を見開いて改めて箱の中身を注視する。 とすればそうか、この緑の石は翡翠なのか。 「翡翠が施設の玄関前に置き去りにされていたバスケットの中に、手紙と一緒にこれが入れられていたらしい。」 「じゃあ、これは僕の実の、」 「……そうだろうね。我が子を置き去りにして助けを求めるくらい生活は逼迫していたんだろうけど、手持ちの中で一番高価なものを入れたんじゃないかって、園長先生が仰っていたよ。」 おそらくは心臓にあった病のせいで、僕は実の親に捨てられた。それはきっと、健常ではない子供に絶望したこともあるのだろうけれど、金銭的な面もあったんだろう。 「いくら助けるためとはいえ、我が子を捨てることは決して正しいやり方ではない。けれど、これはそんな間違った中での実の親の愛の形なんだろうって。……だから、園長先生は君を翡翠と名付けたそうだよ。」 「 、」 言葉が、出てこなかった。 何を言えばいいのか、どう感じることが正解なのか、複雑すぎる感情に名前なんてつけることはできそうになくて。 ただ、箱の中で光る小さな翡翠の宝石を見ていると、瞼の奥がつんとして、何かがこぼれ落ちそうだった。 愛の、形。 僕は、疎まれて捨てられたわけではなかったのかな。 「ごめん。こんな大切なものを今まで渡せなくて。」 冬馬さんの言葉に、僕は首を横に振った。 「ううん。……ありがとう、ずっと大切に預かってくれて。今日は、話を聞けてよかった。」 ブローチの入った箱を静かに閉じて、僕は貰ったアルバムと共に鞄にしまい込んだ。 深く息を吐いてゆっくりと顔を上げれば、僕を見つめる蒼穹の瞳が優しく細められる。 「帰ろうぜ。」 ニカッと笑う緋葉に、僕はしっかりと頷いた。 帰ろう、僕達の家に。 なぜだか無償に父さんのご飯が食べたかった。
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琴鈴
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