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第39話

手元にピントがあっていないからぼんやりとしか見えないけど、白地の表紙の真ん中に黄色い何かのキャラクターが描かれている絵本。 写真からでは判別できないはずなのに、それがライオンだと確信出来たのは、僕の記憶の中におぼろげにあるからだ。 「この本、」 「あ、やっぱり探してたのこの本か。」 うろ覚え倶楽部に依頼したライオンの出てくる絵本。 いつ読んだのか、どこで読んだのか、記憶にないのになぜか印象に残っていて、ずっと頭の片隅で気になっていた本。 内容だって覚えていないのに、すごく大切なものなんだとないはずの記憶が訴えてくる。 ライオン……、そう、表紙のライオンが主人公なんだ。それから、ヒヨ…コ、がいたような。 「緋葉(ひよう)はこの本覚えてるの?」 「んー、なんとなく。内容より、読むたび翡翠(ひすい)がすげぇ嬉しそうにしてたことのほうが記憶にあるけどな。」 わずかに自分の記憶の中に残っているのは水彩画タッチの優しい画風のライオンの表紙だけ。 そうか、他の登場人物や挿絵を思い出せないのは、もしかしたら自分で読んでいなかったからなのかもしれない。 誰かが読んでくれるその本の表紙を、僕はずっと隣で見ていたのかも。 誰か。それが緋葉だったのか……思い出せない。 でも、わずかに、わずかにだけど覚えているんだ。 「すごく大切な本だった……と、思う。なんでだったかは覚えてないんだけど。」 「……そっか。」 緋葉の手がそっと伸びてきて、僕の頭にぽんぽんと優しく触れる。 その顔がどこか寂しそうに見えたのはきっと気のせいじゃないんだろう。 「だったらさ、行ってみるか?」 ふいにかけられた言葉に、思わず肩が跳ねた。 「え、行ける、の?」 いまだ自分が孤児院にいた記憶も実感もなかったからどこか遠い話みたいに感じていたけど、僕の疑問に緋葉はもちろん、と笑って返した。 「積雪(せきせつ)の家の方は俺達は中に入れねぇ決まりなんだけど、遠くから見る分には問題ないしな。それに、翡翠がずっと入院してた病院の方なら自由に行けるぞ。」 「病院、」 そうか。そうだ。緋葉の話からすると、僕が牧之瀬の家に行くまでほとんどの時間を過ごしていたのは孤児院ではなくて病院だ。アルバムのほとんども病院で撮られたもののようだし、ここに行けば何か思い出せるかもしれない。 それに、 「……この本も、もしかしたら病院にあるかも。」 この本には何かあるか気がするんだ。 もし見ることができたら、思い出せるかもしれない。 どうしてこんなに気になるのか。それに、この本を隣で読んでいたのであろう幼い緋葉のことも。 行きたい。自分の目で見てみたい。 「お願い、連れてって。」 真っ直ぐに蒼穹を見上げれば、緋葉はよしっ、と歯を見せて笑った。 「じゃ、明日行ってみるか!」 忘れてしまったはずの過去に、ほんのわずかでも手を伸ばせるかもしれない。 そんな予感に背中を押されるように、僕は小さく頷いた。

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