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第46話 隣人じゃなくなる?
謎だった隣人の正体も判明し、抜け落ちていた記憶も思い出し。全て解決して残りわずかな大学の春休み穏やかに過ご……すことはどうやら出来そうになく。
僕は今、窮地に立たされていた。
「なるほど!ヒヨコは出てこなかったと!」
「う。」
大学の中央棟の奥、渡り廊下で繋がれたサークル棟の窓すらない部屋。長机が向かいあわせで置かれているだけの狭い部屋で、僕と緋葉 はうろ覚え倶楽部の面々に頭を下げていた。
絵本を探してほしい。
そう依頼をした以上、見つかりましたという報告はしないといけないわけで。
緋葉と相談した結果、僕が研究室の当番である今日、意を決してメンバーに集まっていただき緋葉と共にかいつまんで結果を報告したわけだけれど……当然全員ご立腹だった。
「しかも知り合いが作った本で、書店や図書館では探しようもなかったと!」
「うう。」
ジロリ、長机の向こうから向けられる厳しい視線に、僕も緋葉もビクリと身を竦ませる。
わかってはいたけれど、黒氏 会長の棘のある言葉がグッサリと胸に突き刺さる。
彼を中心に横にならび座る面々も、会長の言葉にうんうんと同意していた。
「その上それに思い至ったにも関わらず我々になんの話しもなく勝手に解決した、と言うことだな!」
「あー、いや、ほら、つい勢いでっつーか……」
皆の視線が、痛い。
「「す、すみませんでした!」」
二人揃って勢いよく頭を下げるも、うろ覚え倶楽部の面々の視線は和らぐことはなかった。
「いやぁ、酷い目にあったな。」
結局たっぷり小一時間ほどうろ覚え倶楽部の面々に絞られた僕達は、昼食を理由に逃げるようにサークル棟を後にした。
……多大なる犠牲を払って。
「焼肉、僕も半分出すよ。」
「いや、いいって。翡翠 の歓迎会も兼ねてるわけだし、な。」
「ううっ。」
思い出したくない事実に触れられ、思わず眉間に皺が寄る。
数分前に戻りたい。いや、戻ったとしても僕に断る選択肢なんてなかったけれども。
「ほら、去年は翡翠探しに必死になって勧誘活動あんましてなくてさ。」
そう、白附 さんにもそう言われた。
そう言われてしまえば、目の前に差し出された入会届にサインしないわけにはいかないじゃないか。
「黒氏会長、泣いて喜んでたな。」
あの暑苦し…熱血に最低でも月二回は付き合うことになるのかと思うと、ため息が止められない。
しかも早速明日は僕の歓迎会。それも全額緋葉の奢りで。
僕達はどちらからともなく顔を見合せ苦笑した。
「ま、協力してもらってたから仕方ねぇな。」
「……そうだね。」
散々空回りさせられたにも関わらず、最後にはみんな口々に良かったねと言ってくれた。優しい人達なんだ。
あのノリと勢いには少しずつ慣れていくしかないんだろう。
どうせだから食堂で弁当食おうぜという緋葉の提案で、僕達はサークル棟から連絡通路を通って中央棟へ。
短い道のりの中、緋葉の半歩後ろを歩きながら限定のクレームブリュレに思いを馳せていると、突然立ち止まった緋葉の背中にぶつかってしまった。
「った、……何?」
「ああ、わりぃ。ちょっとな。」
訊ねた僕の視線の先で、緋葉は廊下の角にある掲示板へと歩いていく。待っていても仕方ないし、僕も緋葉を追いかけた。
学生たちが置いていったチラシや告知ポスターが雑多に貼られたごちゃごちゃした掲示板。そこに僅かなスペースを見つけたのだろう緋葉は、無造作に肩掛けバッグを置き、中から何かの紙を取り出した。
「募集かけとかなきゃとはずっと思ってたんだけどな。」
ルームシェア募集
コピー用紙に緋葉の手書きであろう文字が太字のマジックで書かれてあるのを見て、一瞬呼吸が止まった。
「え、」
募集、するの?
あの家に?
よく考えればわかりそうなものなのに、全く思い至っていなかった事実。文字として示された現実に、僕の頭は真っ白になっていた。
「親父も二週間後には家出てくって言ってたからな。一人じゃ家賃厳しいし、けどせっかく翡翠に会えたんだから引っ越すのもな。」
緋丹 さんの問題が解決するまでの一時的な同居。その前は先輩とルームシェアをしていたと緋葉は以前言っていた。
だとすれば、これは当然の事だ。
こと、だけど。
これから先誰かが緋葉と一緒にあの青葉荘 に住む。思わず想像してしまった映像に、ぎゅっと心臓が苦しくなった。
僕は……隣人として今までみたいにご飯を作りに行くの?
あの部屋に、知らない誰かが来るの?
そんな、そんなの、
嫌だ、と言いかけた唇をぐっと引き結ぶ。
やめてと伸ばしそうになる手を必死に握り込んで抑えていたけど、緋葉は手にしていた募集の用紙を掲示板に貼る前に何故だかピタリと動きを止めてしまった。
「……やっぱ、今日はやめとくかな。」
用紙を手に一瞬固まって、そうしてそれはそのまま緋葉の鞄の中に戻された。
チラリ、こちらを振り返った緋葉が気まずげに自らの髪をかき乱す。
「これ、やっぱ字汚ぇよな。ちゃんと作り直してくるわ。」
「あ、うん。……その方がいいんじゃないかな。」
募集が貼り出されなかったことに、気づかれないようにほっと息を吐いた。
でもそれは、少しの間だけ「いつか」が先延ばしになっただけ。その日はすぐにやってくるんだって、僕はもう気づいてしまった。
「わり、待たせたな。食堂行こうぜ。」
「う、うん。」
歩き始めた緋葉の後ろを追いかける。
すぐ傍にあるはずのその背中が何故だかすごく遠くに感じて。僕は置いていかれないように重い足を必死に動かして緋葉の隣に並んで歩いた。
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